
Yさんがその貸家に越してきたのは、春先のことだった。
築年数の古い平屋で、裏には鬱蒼とした山が迫っていた。
大家は「裏山には入らない方がいいですよ」とだけ言ったが、理由は語らなかった。
裏口の窓からは、誰も使っていない細い山道が見えた。
昼間はただの獣道のように見えるが、夜になると様子が変わる。
Yさんがそれに気づいたのは、越してきて三日目の夜だった。
その夜、裏口の窓から外を見たYさんは、山道に沿って青白い光がゆらゆらと浮かんでいるのを見た。
最初は誰かが懐中電灯でも持って歩いているのかと思ったが、光の出どころは人の形をしていなかった。
それは草のようなものが束になって、うねるように動いていた。
風はまったく吹いていない。
それなのに、草の束はまるで意思を持っているかのように、山道を這うように進んでいく。
Yさんはぞくりとした。
その動きは何かを探しているようにも、何かを導いているようにも見えた。
翌日、近所の人にそれとなく聞いてみた。
「あの裏山の道、昔は墓地に通じてたんですよ。今はもう使われてませんけどね」
「草の束?ああ、それ見たことある人いますよ。あれ、誰かが亡くなる前に現れるって…」
Yさんはそれを聞いて背筋が冷たくなった。
その夜も青白い光は現れた。
昨日よりも少し家に近づいているように見えた。
Yさんは窓を閉めカーテンを引いた。だが、光はカーテン越しにもわずかに見えた。
まるで家の中を覗いているかのように。
三日目の夜、光は裏口のすぐそばまで来ていた。
草の束は、うねるようにして玄関の方へと回り込んでいく。
Yさんは恐怖に駆られ、部屋の電気をすべてつけたところ、その光は消えてしまった。
その夜、Yさんは夢を見た。
夢の中で裏山の道を歩いていた。
足元には草の束が絡みつき、引きずられるように山の奥へと進んでいく。
裏口の窓は開いており、山道には草が一筋、うねるように伸びていたという。
次の日、このままでは何かよくな事がおきるかもしれないと思ったYさんは、大家さんに事情を話、別の家が見つかるまでホテルに泊まり、その後急いで別の家に引っ越したそうだ。