これはフリーライターをしている、Sさんから聞いた話です。
Sさんは仕事柄、深夜に移動することが多くありました。
その夜も取材先からの帰り道、線路沿いの道を歩いていたそうです。
いつも通る踏切。
遮断機が下りるのを待つ間、Sさんはスマートフォンを見ていました。
周囲は深夜特有のひっそりとした空気に包まれ、遠くから聞こえる電車の接近音だけが、やけに響いていました。
やがて電車が通り過ぎていきます。
その猛烈な音と風圧が去った直後、Sさんは、なんとなく踏切の向こう側に目をやりました。
一瞬の無音。
線路沿いの暗い壁際に、誰かが立っているように見えたのです。
ぼんやりとした黒い人影。
「こんな時間に…誰だ?」
そう思い、もう一度しっかり見ようと視線を凝らしたその時。
すぐ近くで別の電車が警笛も鳴らさず、ものすごい速さで踏切に差しかかってきました。
「うわっ、びっくりした…」
Sさんは思わず身を引き、電車が通り過ぎるのを見守りました。
二本目の電車が去り、再び夜の静けさが戻ります。
遮断機が上がるのを待ちながら、さっき人影が見えた壁際をもう一度確認しました。
━━誰もいません。
Sさんは、自分の見間違いだと思いました。
暗かったし、疲れていたのかもしれない。
そう自分に言い聞かせ、踏切を渡り始めます。
その時でした。
足元の線路から、微かに砂利を踏むような音が聞こえたのです。
ザリッ、ザリッ。
それは自分の足音に重なるように、もうひとつの足音が並んで響いていました。
Sさんは驚いて立ち止まり、足元を凝視しました。
しかし、自分以外に動くものは何もありません。
音もすぐに止まりました。
「…気のせいか」
そう思って歩き出すと、また。
ザリッ、ザリッ。
今度はすぐ真横、レールとレールの間の敷石から、はっきりと音が聞こえたのです。
Sさんは、もう振り返ることができませんでした。
さっき踏切の向こうに立っていた黒い人影が、今は自分のすぐ隣を、この線路の上を一緒に歩いているような気がしてならなかったのです。
Sさんは心臓の鼓動を抑えながら、なんとか渡りきりました。
その瞬間、背後で「ガシャン!」と、けたたましい音を立てて遮断機が下りました。
三本目の電車が来たのです。
Sさんは振り返らず、そのまま早足でその場を離れました。
後日、Sさんはその踏切について、近所の人からある話を聞きました。
そこでは、かつて事故で体が真っ二つになった人がいたというのです。
上半身は踏切の向こう側へ。
下半身は線路のこちら側へ。
もしかすると、Sさんが向こう側で見たのは「上半身」だけの影で、あの線路を一緒に渡っていたのは、「下半身」だけだったのかもしれません。
それ以来、Sさんは夜中にその踏切を通るのをやめたそうです。