Nさんは地方の大学に通う三年生で、春から一人暮らしを始めていた。
借りたのは、大学から少し離れた住宅街のはずれにある古い貸家。
間取りは二Kの木造平屋で、家賃の安さと静かな環境に惹かれて決めたのだという。
けれど住み始めてすぐ、妙なことに気づいた。
夜になると雨戸を閉めても、どこからかうっすらした光が差し込むのだ。
街灯は近くにない。
月が出ていない夜でも、雨戸の隙間から細く明るい線が伸びていた。
最初は「向かいの家の灯りかな」と思ったのだが、その方向には空き地しかない。
不思議ではあったが、疲れていたこともあって深く考えずに眠ってしまった。
それから数日後の夜。
Nさんは同じ学科の友人Kさんを家に呼び、泊まりがけでレポートを仕上げることにした。
深夜一時を回ったころ、ふとKさんが雨戸の方を指差した。
「なあ…なんか光ってない?」
見ると、やはり雨戸の隙間から細く淡い明かりが漏れている。
Nさんは妙に胸騒ぎを覚え、冗談めかして「外、誰かいるんじゃない?」と笑った。
だが笑いながらも背筋に冷たいものが走っていた。
確認してみよう、そんな軽い気持ちだった。
Nさんは懐中電灯を手に取り、雨戸の前にしゃがみこんだ。
木の板の間に針のような細い隙間がある。
そこから外をのぞき込んだ。
━━そこには、いくつもの白いものがあった。
目を凝らすうち、それが確かに人の顔であると分かってしまった。
顔はどれも真っ白で、鼻や口はあるのに目だけがない。
皮膚の下が透けて見えるような白さで、ゆらゆらと宙に浮いていた。
しかもそれらはじっと雨戸の向こう━━つまり自分の方を見ている。
Nさんは息を呑み、思わず声を上げてしまった。
「うわっ!」
その瞬間、白い顔たちが一斉にこちらを向いた。
目がないはずなのに、確かに見られている感覚があった。
ふわりふわりと揺れながら、ゆっくりと近づいてくる。
まるで滑るように、雨戸のすぐ向こうまで。
木の板のすぐ先に顔がいくつも重なるように迫ってくる。
Nさんは後ずさりし、後ろにいたKさんが「どうした!?」と叫んだ瞬間、━━カタンッ!と音を立てて雨戸の外側から何かがぶつかった。
次の記憶は朝の光だった。
気がつくとNさんは畳の上に倒れており、Kさんも隣で気を失っていた。
窓の外はもう明るく、昨夜の光も顔も何もない。
ただ雨戸の表面には、無数の濡れた跡がついていた。
指のような形の跡が何本も何本も。
その後、二人は怖くなり、近くの神社を訪ねて事情を話した。
宮司は話を聞くとしばらく黙り込み、やがて静かにこう言った。
「その家の裏手に大きな池があるだろう?あそこは昔、人がよく落ちた場所なんだよ。
昔から目がない者が夜に浮かぶって言われている。」
確かに家の裏手には池があり、今も夜になるとわずかに光が反射していたのを思い出した。
宮司に勧められ、二人は御札をもらい、雨戸の外側と家の四隅に貼りつけた。
その夜、二人で一晩中起きていたが、光はもう差し込まなかった。
ただ、夜明け前に一度だけかすかな音がしたという。
カラン…カラン…と、風もないのに雨戸が微かに揺れる音。
朝になり外を確認すると、御札のうち一枚が地面に落ちており、その下の土が、まるで誰かがそこに顔を押しつけたように凹んでいた。