Sさんたちがその貸別荘に泊まったのは、夏休み終盤の二泊三日の合宿だった。
大学の山岳部で費用を抑えるために、山奥にぽつんと建つ安めの別荘を借りた。
電波は弱く、最寄りのバス停からもかなり歩く。
一日目は荷物を背負ったまま山道を登り続け、夕方にようやく辿り着いた。
全員疲れ果て、夕食を作って寝るだけになった。
異変があったのは、二日目だった。
朝から軽い散策をしようという話になり、SさんとYさん、Kさんの三人は、別荘の裏に伸びる細い林道を歩いていた。
雨上がりのため土が柔らかく、足跡がくっきり残る。
その途中でYさんが突然立ち止まった。
「なんだこれ」
土の上に人の足跡のようなものが続いていた。
しかし、つま先にあたる部分が明らかにおかしい。
指が八本以上ある。
しかも不規則にねじれながら前へ進んでいる。
Sさんたちは冗談めかして「クマじゃない?」「イタズラだろ」と笑おうとしたが、笑い声はすぐに消えた。
その足跡は林の奥へ、一定の歩幅で淡々と続いていたからだ。
不思議な引っかかりを覚えながら跡を辿っていくと、木々の間の薄暗がりに何かが立っているのが見えた。
青白くて細長い。
身体の中心が縦に伸びた一本の管のように見えた。
その両側から、枝のように細い腕とも脚ともつかないものがぶら下がっている。
風もないのにその胴の部分だけがゆっくり揺れていた。
ただ——頭らしき影はまったく揺れなかった。
木の上の方、ちょうど人間より少し高い位置に黒い塊があり、そこだけがじっとSさんたちを向いていた。
目があるかどうかは分からない。
けれど見ているという確信だけがあった。
三人のうち誰かが小さく息を呑んだ。
するとその瞬間、青白い何かの胴体がわずかにしなった。
Sさんたちは一斉に逃げ出した。
来た道を戻るとき、あの足跡がまだ続いていたはずなのに、どれも途中でぷつりと途切れていた。
大きな飛び跡も地面のえぐれもない。
ただ急に消えているだけだった。
別荘へ戻ると、何故か日が暮れかけていた。
部屋は静かで虫の声すら遠く、夜の気配がにじんでくる。
あの何かが近づいてくる気がして、物音がするたびに三人とも体を強張らせた。
その夜、窓の向こうで枝が揺れる音がしただけで、全員が跳ね上がるように反応した。
誰も口にしなかったが、「さっきの青白い何かが外にいるのではないか」という恐怖がずっと背後にあった。
眠れないまま朝を迎え、三日目は予定をすべて切り上げ、夜明けと同時に下山した。
無言で荷物をまとめ、別荘を振り返る者はいなかった。
帰り道、唯一Sさんが言った一言だけが残っている。
「あれ、顔じゃなかった気がするんだよな。
見られてたのにどこにも目がなかった気がしてさ」
それが何を意味していたのか。
三人とも確かめようとは思わなかった。