
知り合いのAさんが「今でも気味が悪い」と言って話してくれた、別荘での出来事。
季節は初夏。
昼は暖かいが、夜になると湖から冷えた風が上がってくる頃だった。
Aさんは友人たち三人と一緒に、森に囲まれた貸し別荘で過ごしていた。
周囲は濃い林に囲まれ、昼でも薄暗いほど木が密集している。
その先には湖が広がり、観光向けのボートが並んでいた。
散歩や釣りには十分な静かな場所で、四人は昼間、散策したり湖に出たりして時間を過ごした。
気温も過ごしやすく、木陰で風を受けると肌に冷たさが残った。
夜の二十三時頃。
他の三人は室内でカードをしていて、Aさんだけがベランダに出て夜気に当たっていた。
湖面は月光を受けて鈍く光り、揺れがゆっくりと帯のように広がっていた。
虫の音が遠くで続き、別荘の周囲は音一つない感じになっていた。
そのとき、湖の上で何かがふわりと動いた。
一瞬、光の反射だと思って目をこすったが、中央付近に丸い影がひとつ浮かんでいる。
輪郭がぼんやり白く見え、そこで静止しているようだった。
よく見ると、丸い部分の下から細い糸のようなものが何本も垂れていた。
その形はどう見ても海にいるクラゲに似ている。
ただそれは湖面より高い位置を漂い、どこにも触れずに移動していた。
風もないのにゆっくりと揺れながら、別荘のほうへ近づいてくる。
糸の先には何かがいくつも付いていて、水気を含んだように重く揺れている。
目を凝らすうち、それが魚だと気づいてしまった。
サイズも種類もばらばらな魚が重なり、水滴を落としながら空中に浮かんでいる。
クラゲのようなモノは速度を変えずに接近し、やがてAさんのすぐそこまで来た。
丸い頭のような部分の内側で、何かが渦を巻くように色が変わっている。
淡い青がゆっくりと広がっていくのが見えた。
怖さが込み上げてAさんが部屋へ戻ろうとした瞬間、糸の一本がベランダの小さなテーブルに置いてあったガラスコップに触れた。
音はしなかった。
だが、コップの表面に細いひびが走った。
中心から放射状に亀裂が広がり、月明かりがその白い筋を照らした。
Aさんは慌てて室内へ逃げ込み、リビングでカードをしていた三人のところへ飛び込んだ。
驚いた友人たちは何事だと外を見たが、友人の一人が急いでカーテンを閉め、Aさんに何が起きたのかを聞いた。
その話を聞いた友人たちは、恐る恐るガラス戸に近づきカーテンの隙間から外を見た。
クラゲのようなものが湖に飛んでいるのが見えるという。
その日、照明を付けたまま寝たそうだ。
翌朝、陽の光で明るくなったころ、四人はそっとベランダから外へ出た。
湖は落ち着いていて、夜にみた影はどこにもない。
だが、割れたガラスコップだけが残っていた。
中央から広がるように走ったひびは、自然に割れたとは思えない形だった。
湖には穏やかな朝の景色が広がっていたが、四人は誰も声を出さなかった。
あの浮遊していたものが何だったのか。
なぜ魚を引きずり、夜の湖の上を漂っていたのか。
その理由は今も分からないままになっているという。