
晩秋の夕暮れ、峠越えの林道を歩いていたのは、大学時代の山岳サークル仲間だった。
社会人になってからも年に数回集まり、軽いハイキングを楽しむのが恒例になっていた。
メンバーは四人。
Kさん、冷静で慎重な性格の持ち主。
Mさんは好奇心旺盛で、何か見つけるとすぐに首を突っ込む癖がある。
Sさんは冗談好きで場を和ませるタイプ。
そして語り手である私はどちらかといえば臆病で、暗い山道ではいつも後ろを気にしてしまう。
その日は昼過ぎから歩き始め、峠を越える頃にはすでに陽が傾き始めていた。
晩秋の山は空気が澄んでいるが、日が落ちると一気に冷え込む。
落ち葉を踏みしめる音だけが響く林道を進んでいると、道の脇に大きな倒木が横たわっているのが目に入った。
幹の下に、黒い裂け目のような隙間がぽっかりと口を開けていた。
「なんだろう、動物の巣かな?」
とMさんが身をかがめて覗き込む。
私たちもつられて覗いた。
そこには、暗闇の奥で銀色のものがうごめいていた。
最初は蛇だと思ったのだが、ぬるりと動くたびに長さが変わっていくように見える。
まるで伸び縮みしているかのようだった。
「光ってる…?」
とSさんが小声で言った。
銀色のものはゆっくりと裂け目から顔らしきものをせり出してきた。
だが、その顔には目も口もなく、ただの穴が三つ並んでいるだけだった。
呼吸孔のようにも見えるが、そこから音はしない。
無音のまま、ただこちらを向いているように感じられた。
その瞬間、背筋に冷たいものが走った。
誰も声を出さなかった。
裂け目の奥から漂う気配は、動物のものではない。
人でもない。説明できない「何か」がそこにいた。
「もう行こう」
Kさんが低い声で言った。
普段冷静な彼が明らかに焦っている。
私たちは頷き合い、裂け目から目を逸らした。
だが振り返ると、そこにあったはずの裂け目自体が消えていた。
倒木はただの幹で隙間などどこにもない。
「見間違い?」
とSさんが震える声で言ったが、誰も答えなかった。
確かに全員が見たのだ。
銀色のもの、三つの穴の顔、そして裂け目。
幻覚にしてはあまりにも生々しい。
私たちは早足で山を下り始めた。
夕暮れはすぐに夜へと変わり、林道は闇に沈む。
風が吹くたび、木々の間から何かが覗いているような気がしてならなかった。
背後で落ち葉が擦れる音がすると、全員が振り返る。
しかしそこには何もいない。
裂け目から現れたものが、私たちを追ってきているのではないか━━そんな妄想が頭を離れなかった。
ようやく麓に着いたときには、全員が顔を青ざめていた。
誰も冗談を言わず、ただ黙って駅へ向かった。
後日、あの山道を再び訪れた者はいない。
写真を撮っていたはずのMさんも、その場面だけは一枚も残っていなかったという。
カメラの記録には、倒木の写真すら存在しなかった。
それ以来、私たちの間では「倒木の下の裂け目」の話はしないようにした。
だが時折、夜道を歩いていると、暗闇にぬるりと伸び縮みする気配を感じることがあるという。