
Sさんが小学6年生の秋の終わり頃のこと。
夕方18時を過ぎると、街灯が点いていても公園はすでに薄暗く、出歩いている人もほとんどいなくなる。
友達の家から自転車で帰る途中、早く家に帰りたかったSさんは、近道をしようと公園を通り抜けることにした。
普段なら何も気にせず通り過ぎる場所だったが、その日は違った。
公園の中央にあるすべり台、その上に白いものが立っていた。
形は人間のようにも見えるのだが、異様に長い腕が地面まで垂れ下がっている。
まるで布のようにだらりと伸び、風に揺れていた。
顔ははっきり見えなく、気になったSさんは自転車を止め、そんな格好をしている人はどんな人だ?と眺める。
すると白いものが、すべり台を逆さに降りてきた。
普通なら足から滑り降りるはずだが、そいつは頭を下にして、蜘蛛のように逆さまに動いた。
腕が地面を擦り、ジャリっと音を立てる。
「うわあああ!」
Sさんは叫び声をあげ、自転車のペダルを必死に漕いだ。
後ろを振り返る勇気はなかった。
ただ全力で走り抜け、家まで一気に帰った。
家に着いた時には、息が切れて涙が滲んでいた。
母親に「どうしたの」と聞かれても言葉にならない。
ただ「公園に…白いのが…」と繰り返すばかりだった。
翌日、学校で友達に話すと半分は笑い話にされた。
だが一人だけ、その公園の近くに住む友人が真剣な顔で言った。
「俺も見たことある。夜、公園のすべり台に白いのが立ってた。
腕が長くて地面まで届いてた」
その友人はそれ以来、夜には公園に近づかないようにしているという。
さらにその話を聞いた別のクラスの子も
「夕方に公園を通ったらすべり台の上に人影があった」
と話した。
どうやらSさんだけの幻覚ではないらしい。
それからしばらく学校では「夜の公園には蜘蛛のおばけが出る」という噂が広まった。
特に秋の終わりから冬にかけて、夕暮れ時に現れるという。
白いものは子どもをじっと見て、目が合うと逆さに降りてくる。
逃げなければ腕に絡め取られる━━そんな話まで囁かれるようになった。
Sさん自身はその後、暗くなってからの公園を避け続けた。
大人になった今でも、あの公園の前を通るときは無意識に視線を逸らしてしまう。
すべり台はまだそこにある。
錆びついた鉄の階段、落ち葉に埋もれた滑面。
昼間はただの遊具にしか見えない。
だが夕暮れになると、あの時の光景が蘇る。
白いものが立っている。
腕が地面まで垂れている。
そして、目が合った瞬間━━逆さに降りてくる。
それを見てしまった者は、二度と忘れられない。