
じいちゃんがまだ小学校低学年だった頃の話。
その日は夏の終わりで夕方近く、日が傾き始め、空が赤く染まり始めていた。
じいちゃんは近所の友達と別れたが、遊びたりなかったじいちゃんは、一人で川辺に向かった。
家の裏手を少し行ったところに流れるその川は、子どもたちの遊び場だった。
浅瀬で魚を追いかけたり、石を投げて水切りをしたり。
じいちゃんもよくそこで遊んでいた。
その日も川の浅瀬で石を拾って遊んでいた。
風が涼しく、蝉の声が遠くで鳴いていた。
川の音と虫の声だけが響く静かな時間。
だがふとした瞬間、じいちゃんは耳を疑った。
「ふふふ…」
笑い声が聞こえた。
高くも低くもない、妙に平坦な笑い声。
男か女かもわからない。
じいちゃんは周囲を見渡したが、見える範囲には誰もいない。
近所の誰かが川辺に来ているのかと思い、声の方へ歩いていった。
川の流れが少し深くなる場所。
そこは子どもが入るには危ないとされていた場所だった。
「ふふふ…ふふふ…」
笑い声は川の中から聞こえていた。
じいちゃんは川岸に立ち、目を凝らした。
水面の下に黒ずんだ何かがいた。
人間のような形。
だが、輪郭がぼやけていて顔が見えない。
髪のようなものが水中に揺れていたが、それが本当に髪なのかもわからなかった。
じいちゃんは一歩後ずさった。
その瞬間、水面が揺れ、黒いものがゆっくりと浮かび上がってきた。
顔はなかった。
いや、顔があるべき場所がただの黒い穴のようになっていた。
そこからまた笑い声が響いた。
「ふふふ…ふふふ…」
じいちゃんは叫び声をあげて走った。
川岸の草を踏みしめ、家まで一気に駆け戻った。
母親に泣きながら話すと、「それは川の神様かもしれないね」と言われた。
昔から、川には人を呼ぶものがいるとされていた。
声に誘われて近づくと、足を取られて流される。
そういう話が村には残っていた。
じいちゃんはそれ以来、あの川の深い場所には近づかなくなった。
友達にも話したが誰も信じなかった。
だが数年後、同じ場所で釣りをしていた青年が行方不明になった。
川に落ちたのか、事故だったのかはわからない。
だがじいちゃんは思った。
あの黒いものが、また誰かを呼んだのではないか━━と。
今でもじいちゃんは言う。
「川で笑い声が聞こえたら絶対に近づくな。あれは人じゃない」