
じいちゃんが二十代の頃の話。
その日は秋の収穫が終わった後、納屋で道具の手入れをしていた。
夜の八時過ぎ、家族はすでに夕飯を終えて休んでいたが、じいちゃんは一人納屋に籠もっていた。
農具の刃を研ぎ、縄を巻き直し、翌日の準備をしていた。
納屋は古く、梁がむき出しの天井には蜘蛛の巣が張っていた。
灯りは裸電球ひとつ。
黄色くくすんだ光が、道具とじいちゃんの手元だけを照らしていた。
外は風が強く、納屋の壁が時折ギシギシと鳴ったその時、じいちゃんはふと、頭上に違和感を覚えた。
何かが動いた気がした。
天井を見上げると梁の上に影があり、それが人の形をしている。
だが逆さまだった。
頭が下、足が上。
まるで天井に貼りついているように、影がゆっくりと歩いていた。
足音はしない。
ただ、影が梁を伝ってじいちゃんの真上へと近づいてくる。
じいちゃんは息を止めた。
影は顔のようなものをじいちゃんに向けていたのだが、目も口もない。
ただ黒い凹みのようなものが、じいちゃんを見ているように感じた。
「何者だっ」
じいちゃんは声を絞り出したが返事はない。
影はゆっくりと、梁の端から端へと歩き続けた。
まるで納屋の中を見回っているように。
じいちゃんは道具を置き、そろりと後ずさった。
その瞬間、電球が一度だけチカッと点滅した。
影が止まり、納屋の中の音が消えた。
どのくらいたったか分からないが、影はスーッと壁を伝って消えていった。
まるで空気に溶けるように、黒い形が薄れていった。
じいちゃんは急いで納屋を閉め、家に駆け足で戻った。
もちろん家族を不安にさせたくない為、誰にも話さなかった。
翌朝、納屋の梁の上を確認すると、人の足跡のような形が残っていた。
じいちゃんはモップを持ってきて拭いたところ、綺麗に消えたそうだ。