Sさんが小学生の夏休みに、ばあちゃん家で体験した出来事。
ばあちゃん家は山のふもとの集落にあり、道沿いに木造の家々が点在しているだけの静かな場所だった。
その日の午後、Sさんは従兄弟のAくんと一緒に納屋で遊んでいた。
納屋は農具や古い木箱が積まれていて、外の明るさとは対照的に薄暗く、埃っぽい匂いが漂っていた。
隙間から差し込む細い光の筋の中には、舞う埃が静かに漂っていた。
そんなときだった。
納屋の奥、古い耕運機が置かれているあたりに黒い影が立っているのに気づいた。
逆光で誰かが立っているのだろうか?
けれどよく見ると肩や頭の形はあるのに、輪郭がぼやけていて、まるで壁に貼りついた影だけが立体になったようだった。
そして何よりおかしかったのは、背中の部分だけが妙に膨らんで、ふくらみがゆっくりと揺れていたことだった。
Aくんは怖がるどころか興味津々になり、隅に立てかけてあった細い棒を持つと、そっと影に近づいていった。
Sさんは止めようか迷ったが、声が出なかった。
Aくんがあと数歩というところまで近づいた瞬間、影がすっと壁の中へ吸い込まれるように消えた。
しかし背中の膨らみだけは残っていた。
まるで壁そのものが柔らかく膨らんでいるように見えた。
Aくんはためらいがちに、そのふくらみに棒を伸ばした。
触れた瞬間──
ボンッ!!!
乾いた破裂音が納屋の中に響き、黒い何かが四方へ散った。
粉のように見えたが、一瞬だったのでSさんにはよく分からなかった。
Aくんは「うわああっ!!」と叫び、棒を放り出して納屋の外へ走り出した。
その勢いにつられるように、Sさんも慌てて後を追った。
すると縁側の方から、ばあちゃんが驚いた顔で飛び出してきて、泣きそうになっているAくんに慌てて声をかけていた。
Aくんの腕や背中をばあちゃんが何度も確認したが、黒い粉も虫も何もついていなかった。
破裂したものの正体は分からず、納屋に戻ってみても壁にはただ丸い薄い跡のようなものが残っているだけで、影のようなものはどこにもなかった。
Aくんはしばらく泣きじゃくり、その日二人はもう納屋に近づかなかった。
翌朝勇気を出してもう一度納屋を覗いてみたが、あの跡すらも消えていた。
壁の色は周りと同じようにくすんでいて、何かがあった気配は残っていなかった。
結局、あれが何だったのかは分からないままだそうだ。