Kさんがその奇妙な体験をしたのは、つい数年前の大晦日のことだった。
友人たちと連れ立って訪れたのは、都心の大きな広場。
巨大スクリーンには残り時間が映し出され、周囲には年越しを祝う人々がぎっしりと詰めかけていた。
寒さは厳しかったが、熱気と期待がそれを忘れさせるほどだったという。
──あと一分。
スクリーンに表示された数字に合わせ、ざわめきが一段と高まる。
Kさんも友人たちと肩を寄せ合いながら、自然と笑みがこぼれていた。
やがて、誰かが叫んだ。
「10! 9! 8!」
それに呼応するように、広場中が一斉に声を合わせる。
Kさんも声を張り上げようとした、そのときだった。
耳の奥に妙な違和感が走った。
──ひとつ、ふたつ、みっつ…
周囲のカウントダウンとは明らかに違う、昔の数え声。
しかもどこか湿ったような、低くくぐもった声だった。
最初は近くの誰かがふざけているのだと思った。
そして何より周囲の喧騒にかき消されることなく、はっきりと耳に届くのだ。
「ねえ、今変な数え方聞こえた?」
Kさんが隣の友人に声をかけると、友人は怪訝そうに眉をひそめた。
「え?…普通のカウンドダウンでしょ?」
その返答にKさんの背筋がすっと冷えた。
──よっつ、いつつ、むっつ…
声は続いている。
気味が悪くなり、Kさんは声の方向を探ろうと周囲を見回した。
すると群衆の中に、ひときわ奇妙な影が立っているのが目に入った。
人混みの中にいるのに、そこだけぽっかりと空間が歪んでいるように見える。
背丈は人間と変わらないが、輪郭がぼやけ、顔の部分は黒い穴のように沈んでいた。
そしてその影の口元らしき部分が、ゆっくりと動いている。
──ななつ、やっつ、ここのつ…
Kさんは息を呑んだ。
影はこちらを見ていた。
顔の穴のような部分が、確かにKさんの方へ向いていた。
「おい、K!カウントダウン終わるぞ!」
友人に肩を叩かれ、Kさんは我に返った。
広場中が「3! 2! 1!」と叫び、花火が夜空に弾ける。
だがKさんの耳には別の声が重なっていた。
──とお。
その瞬間、それはすっと消えた。
年が明け歓声が上がる中、Kさんだけは震えが止まらなかったという。
──ひとつ、ふたつ…