
Rさんという人から聞いた話。
Rさんの実家は、山間の小さな集落にある。
裏山には、昔から「決して近づいてはいけない」と言われている沼があった。
地元では迷い沼と呼ばれ、一年中霧が立ち込めていて、入ったら二度と戻れないと言われていた。
子供の頃はそんな話も半分は迷信だと思っていた。
でも冬のある日──Rさんはその沼の近くで忘れられないものを見てしまった。
雪が積もった静かな午後。
Rさんは一人で裏山を歩いていた。
沼の近くまで来ると霧が濃くなり、視界が白く霞んでいった。
そのとき、霧の中から誰かが現れた。
それはRさんと同じくらいの年齢の少女だった。
綺麗な着物を着ていて、髪は長く顔立ちも整っていた。
でも何かがおかしい。
彼女の足元──雪の上に残る足跡が、歩くたびに真っ黒に染まっていたのだ。
墨を垂らしたような黒。
雪の白さと対照的で異様なほど濃い。
Rさんは動けずにいた。
すると少女がこちらに気づき、ニコリと笑って手招きをした。
その笑顔はどこか懐かしいような、でも冷たいような──吸い込まれるようにRさんは一歩踏み出しかけた。
その瞬間だった。
少女の足元の雪がぶくりと膨らみ、無数の小さな子供の手が雪を突き破って現れた。
その手は少女の足を掴み、ずるずると沼の方へ引きずり始めた。
少女は抵抗するでもなく、ただこちらを見ていた。
そして顔が変わった。
肌が剥がれ落ち、目が窪み、口が裂け、髑髏のような顔になった彼女がRさんに向かって叫んだ。
『お姉ちゃんも一緒に冷たいところへ行こう?』
Rさんは悲鳴を上げて逃げた、夢中で走った。
家に戻ったときには息も絶え絶えだった。
近づいたらいけないと言われていたため、親には話せなかったという。