Rさんが子どもの頃、正月に田舎へ帰省したときに爺さんから聞いた話。
Rさんの実家は山に囲まれた集落の外れにあった。
人は少なく、年を追うごとに空き家が増えていくような場所だった。
正月の夜、炬燵に入って酒を飲んでいた爺さんが、ふとこんなことを言い出した。
「この辺りでは正月になると、空き家に何かが帰ってくる」と。
誰も住んでいないはずの家なのに、座敷に灯りがともり、人影が揺れている。
遠目には、その家の人が集まっているようにも見えるらしい。
ただし、近づいてはいけない。
それがこの土地で昔から言われてきた決まりだった。
Rさんが理由を聞くと、爺さんは少し考えてから昔見た光景を語り始めた。
まだ爺さんが若い頃、正月の夜に用事で集落の端を通った。
雪はなく空はやけに暗かったという。
そのとき、何年も前に空き家になった家の座敷に、ぼんやりと灯りが見えた。
おかしい、その家にはもう誰もいないはずだ。
遠くから見ると人影もあった。
何人も座敷に集まっているようで、障子越しに影がゆらゆらと動いていた。
爺さんは、出ていった人が集まって酒でも飲んでいるのかと思い、つい近づいてしまった。
すると違和感に気づいた。
家が歪んでいる。
柱や屋根が曲がっているというより、家そのものがぐにゃりと撓んでいるように見えた。
まるで柔らかいものが無理やり家の形を保っているようだった。
怖くなって立ち止まり、座敷の縁側から中を覗いた。
灯りの下には人のような形があった。
だが、はっきりしない。
顔も手足も薄い影が重なっているだけで、どこを見ても輪郭が曖昧だった。
その中から、ざわざわという音が聞こえてきた。
声のようでもあり、衣擦れのようでもあり、木が軋む音のようでもあった。
何かが大勢で、喋ったり動いている感じだった。
爺さんはすぐに理解したという。
あれは人じゃない。
慌てて目を離し背中を向けたとき、座敷から聞こえるざわざわという音がさらに大きくなった。
見つかったのかと思い、振り返らず走って家に戻ったそうだ。
翌朝、恐る恐るその家を遠くから見たが、座敷に灯りはなく、いつもの空き家に戻っていた。
歪んでいたはずの家も元通りに見えた。
爺さんは言った。
あれがそこに住んでいた者たちなのか。
長く使われた家や道具が、正月だけ形を持つ付喪神のようなものなのか。
それとも別の何かなのか、それは分からない。
ただ正月は帰ってくる。
人がいなくなった家にも何かが。
爺さんは最後にRさんに念を押した。
正月に空き家に灯りを見ても絶対に近づくな。
覗いたらあちらに気づかれる。