社会人になったFさんが、大学生の頃に体験した出来事。
当時、Fさんは友人たちとつるんで、心霊スポットや廃屋巡りをしていた。
深い理由はない。肝試し半分、暇つぶし半分。
若さゆえの軽い気持ちだったという。
その日、大学の友人であるTさんが、妙に興奮した様子で連絡してきた。
「山の中でさ、最高の廃屋を見つけたんだよ」
声の調子がやけに高く、いつもより饒舌だったのを覚えているらしい。
場所を聞くと、街灯もほとんどない山道の奥だという。
嫌な予感はあったが、結局Fさんを含めた数人でTさんの車に乗り込むことになった。
山道を進むにつれ、周囲は不気味なほどに静まり返っていった。
辿り着いたのは二階建ての古い民家だった。
壁は剥がれ、窓ガラスは割れ、屋根も今にも崩れ落ちそうだ。
人が住んでいた気配だけが妙に生々しく残っている。
その日はちょうど節分だった。
「せっかくだしさ、ここで豆まきしようぜ」
Tさんが冗談めかしてそう言い出した。
Fさんは耳を疑った。大学生にもなって節分?しかもこんな場所で?
だがTさんは笑いながら続けた。
「普通じゃつまらないだろ。逆にするんだよ。『鬼は内、福は外』ってな」
悪ノリした数人が面白がって賛成し、Fさんも強く反対できないまま、廃屋の中へ足を踏み入れた。
中は暗く、埃と湿った木の匂いが鼻についた。
懐中電灯の光が壁に貼られた古い暦や、倒れた家具を照らす。
「鬼は内!福は外!」
冗談交じりの声が無音の空間に反響した。
乾いた豆が床や壁に当たって跳ねる音が、やけに大きく響く。
しばらく続けていた、その時だった。
パシッ
Fさんのすぐ後ろで誰かが豆を弾き返したような音がした。
友人が何かしたのかと思い振り返ったが、そこには誰もいない。
「今の音なんだ?」
誰かが小さく呟いた直後、廃屋の奥━━暗い廊下の先から音が聞こえてきた。
それは床に落ちた豆を拾い集めているようでもあり、一粒ずつ、ゆっくり噛み砕いているようにも聞こえた。
さらに二階の天井から「ドスン」と重い振動が伝わってきた。
梁が軋み、埃がぱらぱらと落ちてくる。
まるで大きな何かが飛び跳ねているかのようだった。
「やばい。出よう!」
誰かがそう言った瞬間、Fさんは見てしまった。
廊下の奥、光の届かない場所に白っぽい何かがうずくまっている。
それは豆を拾いながら、じっとこちらを見ているように感じられた。
その時Fさんの頭をよぎったのは、節分の言葉だった。
「鬼は内」
招き入れるはずだったものを外に追いやり、代わりに別の何かを中へ招いてしまったのではないか。
彼らは転がるようにして廃屋を飛び出した。
車に飛び乗り、Tさんはエンジンをかけて山道を一気に下った。
その途中、Fさんがふとバックミラーを見ると、廃屋の二階の窓にいくつもの黒い影が並んでいた。