この話はネタ記事ですので、今までの怖い話とは経路が違います。
変なネタでもいい!という方のみどうぞ。

聞いてほしい。私は今猛烈に後悔している。なぜもっと早く仕事を切り上げなかったのか。なぜあんな「残業の魔物」が潜む時間まで会社に居残ってしまったのか。
あの日、私は編集作業に没頭していた。時計の針はとっくに深夜を回り、同僚たちはとっくに帰り、フロアには私一人。静まり返ったオフィスに響くタイピング音だけが、私の相棒だった。
ようやく作業に目処をつけ、重い体を引きずるようにしてエレベーターホールへ向かった。
「…帰ったらキンキンに冷えたビール…呑むか!」
思わず独り言が漏れた。プシュッという小気味いい音、喉を突き抜ける刺激、そして鼻に抜ける麦の香り。あぁ、もうそれだけを支えに今日を生き抜いてきたと言っても過言ではない。
やってきたエレベーターに乗り込み、1階のボタンを押す。自分以外、誰もいない箱の中。私は鏡に映る疲れ切った自分の顔を見て「お疲れ、私」と心の中で乾杯の予行演習をしていた。
…その時だった。
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「ガコンッ!!」
不自然な衝撃と共に、エレベーターが急停止した。表示灯は「3階」で止まっている。
「…え?…嘘だろ?」
この階は、確かもう何ヶ月も前からテナントが入っていない空きフロアのはずだ。ボタンなんて誰も押せるはずがない。
ガーッ。
無慈悲にも扉が開く。目の前に広がっていたのは、街灯の光すら届かない、完全な「無」の世界。ひんやりとした、澱んだ空気がエレベーターの中に流れ込んできた。
「ッ!?」
私は慌てて「閉」ボタンを連打した。早く!一刻も早く閉まってくれ。私のビールが。私の安らぎが。この闇に食われてしまう。
扉がゆっくりと、焦らすように閉まり始める。そのわずか数センチの隙間。消灯されたフロアの奥、オフィスのパーテーションの陰から「それ」は現れた。
暗闇の中で、そこだけが発光しているかのように浮かび上がる、異常なまでに「白い顔」。
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「…え?」
声にならない呻きが漏れた。それは人間というにはあまりにも生気がなく、陶器のように滑らかで、そして…じっと、こちらを射抜くような眼光で凝視していたのだ。
扉が閉まりきる寸前、その「白い顔」が、ゆらりとこちらへ一歩踏み出したのが見えた。
ガチャン。
閉まった。一瞬の静寂の後、エレベーターは何事もなかったかのように下降を再開した。
1階に着いた瞬間、私は脱兎のごとく駆け出した。心臓が口から飛び出しそうなほど激しく打ち鳴らされている。ロビーにいた守衛さんの姿を見た時、私は思わず泣きそうになりながら話しかけた。
「お、お疲れ様です!いやあ、今日はもうビールが恋しくて堪らなくて!アハハ、ハハハ…!」
必死だった。笑っていないとあの「白い顔」が背後に立っているような気がして、正気を保てなかったのだ。
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その夜、帰宅した私は震える手で冷蔵庫をこじ開けた。中には待ちに待った「キンキンに冷えたビール」が鎮座している。
正直、怖くてたまらない。耳の奥ではあのエレベーターが閉まる瞬間の「ガーーーッ」という重苦しい金属音が、今も不気味にリフレインしている。
私は迷わなかった。今の私に必要なのは震えることじゃない。
この恐怖を、黄金色の液体で胃袋に流し込むことだッ!!
プシュッ…ゴクゴクゴクッ、プハァァァァァァーーーッ!!!
私はビールをがぶ飲みした。喉を焼くような刺激が、脳裏にこびり付いた「白い顔」を無理やり洗い流していく。一口、また一口と呑み下すたびに、現実感が戻ってくる。
「…うまい! きっとあれはただの幻覚だッ!!」
空になった缶を握りしめ、私は心の中でそう叫んだ。たとえ明日、またあのエレベーターに乗らなければならないとしても。あの「白い顔」がどこかで私を待っていたとしても。
私にはこの一杯がある。
皆さんも、もし得体の知れない恐怖に遭遇したら、試してみてほしい。逃げるのも手だが、一番の特効薬は、自分を甘やかす「最強の一杯」なのかもしれない。
…もっとも、飲み過ぎて夜中にトイレに起きた際、廊下の角から「白い顔」が覗いていない保証はどこにもないのだけれど。