スマートフォンの「顔認識」は、今や当たり前の機能だ。
だが、今回お話を伺ったWebデザイナーのKさんは、その便利すぎる機能のせいで、自身の「逃げられない宿命」を突きつけられることになった。
「AIには、最初から見えていたんだと思います」
震える指で彼が見せてくれたのは、ある夜の自撮り写真。
そこに映っていたのは、AIが冷徹なまでに正確に捉えた、この世ならざる「知人」の痕跡だった。
彼は半年前、地元の友人の三回忌に出席するため、数年ぶりに故郷の静かな町へ帰省した。
「その夜なんとなく寝付けなくて。一人で夜の散歩に出たんです」
向かったのは、子供の頃によく遊んだ小さな公園だった。
街灯がひとつ、心細そうに地面を照らしているだけの、何の変哲もない公園だ。
Kさんは懐かしさもあり、ふとベンチに座って自撮り写真を一枚撮った。
暗闇を背景に少し疲れた自分の顔。
それだけのはずだった。
異変に気づいたのは数日後のことだ。
自宅に戻ったKさんが、スマートフォンのアルバムを整理していた時のこと。
AIが自動で人物を分類する「ピープル」の項目に、見慣れない「通知」が出ていた。
『この人物に名前を付けますか?』
(…?誰だろう)
不思議に思ったKさんがその画像をタップすると、あの夜、公園で撮った自撮り写真が表示された。
画面の中央には自分の顔。
だが、AIが「人物」として認識し、白い枠で囲っていたのは自分の顔ではなかった。
それはKさんの背後。
光の届かない、真っ暗な植え込みの奥だった。
拡大してみてもそこにはただの闇しかない。
葉の重なりが偶然、顔のように見えているだけだろう。
そう自分に言い聞かせようとしたが、AIの判断はあまりにも正確だった。
驚くべきことに、その「存在しないはずの人物」に対して、スマートフォンのAIは、すでにライブラリにある「ある名前」を候補として提示してきたのだ。
『〇〇(近所に住んでいた老婆の名前)さんですか?』
その名前を見た瞬間、Kさんの全身から血の気が引いた。
その老婆は、Kさんが小学生の頃に亡くなった近所の住人だった。
なぜ会ったこともない、写真も持っていないはずの老婆の名前をAIが知っているのか。
混乱するKさんが慌てて過去の写真を遡ると、さらに不可解な事実が判明した。
「…どの写真にもいるんです」
以前撮った仕事仲間の集合写真。
去年の夏、旅行先で撮った風景写真。
それらの写真の端々、あるいは窓ガラスの反射、影の形。
本来なら風景の一部として見過ごされるはずの場所に、AIは執拗に「〇〇さん」というタグを付け続けていた。
まるでその老婆が何年も前から、Kさんのすぐ側でシャッターを切る瞬間を待っていたかのように。
「一番怖かったのは、昨日の夜です」
Kさんが夜中にふと目を覚まし、何気なくカメラを起動した時のことだ。
薄暗い部屋を画面越しに見た瞬間、AIの顔認識枠が、パッ、パッ、と激しく点滅し始めた。
何もないはずの天井の隅。
自分の枕元のすぐ横。
そして、今まさに自分のスマートフォンを握っている「手」のあたり。
画面の下部には、あの無機質な通知が何度も表示されていたという。
『〇〇さんの新しい写真が追加されました』
『〇〇さんとの思い出を振り返りませんか?』
Kさんは現在、そのスマートフォンを機種変更し、古い端末は処分したという。
だが、新しい端末を設定し、クラウドからデータを同期した瞬間。
真っ新なアルバムの「ピープル」欄に、再びあの老婆の名前が誇らしげに一番上に表示された。
「AIには見えているんだと思います。
私がどれだけ逃げても、その人が『そこにいる』ってことを」
便利すぎる最新技術。
それは時に霊能力者よりも正確に、あなたの隣に寄り添う「招かれざる客」を証明し続けてしまうのかもしれない。