東京都内のIT企業に勤める、Sさん(30代男性)から聞いた話。
独身で一人暮らしの彼は、利便性を求めて自宅の家電のほとんどをスマートスピーカーと連携させていた。
「電気をつけて」「明日の天気を教えて」といった日常のやり取りは、彼にとって孤独を紛らわせるささやかな癒やしでもあったという。
しかし、その便利さが、ある夜を境に底知れない恐怖へと変わった。
秋も深まった、ある金曜日の深夜1時過ぎのことだ。
Sさんはリビングのソファでうとうとと微睡んでいた。
テレビも消え静まり返った部屋に、突如としてスマートスピーカーの起動音が響いた。
「ピコン」
聞き慣れた音に目を覚ましたSさんだったが、自分は何も話しかけていない。
誤作動かと思い再び目を閉じようとしたその時、スピーカーが合成音声特有の抑揚のない声で喋り出した。
「承知しました。ショッピングカートに追加します」
Sさんは飛び起きた。
誰の声に反応したのか。
部屋には自分一人しかいないはずだ。
嫌な予感がして、彼はすぐにスマートフォンの管理アプリを開き、注文履歴を確認した。
そこには、およそ日常的ではない品々が並んでいた。
・白い布(2メートル)
・長い麻縄
・盛り塩用の清め塩
・葬儀用の中敷き
「なんだこれ!?」
指先が冷たくなるのを感じながら、Sさんは必死にキャンセル操作を行った。
しかし、画面には
『キャンセルできません。配送準備中、まもなく到着します』
という非情なメッセージが表示されるばかりだ。
深夜の1時に注文して、数分で届くはずがない。
「ねえ、今の注文をキャンセルして!」
Sさんはスピーカーに向かって叫んだ。
するとスピーカーのライトが不気味な青色に明滅し、これまで聞いたこともないような冷ややかなトーンでこう答えた。
「キャンセルは受け付けられません。
これらはすべて、お客様のすぐ後ろに立っている方からのリクエストです」
その瞬間、Sさんは全身の血が引いていくのを感じた。
背後を振り返る勇気はない。
ただ、首筋に氷のような冷たい吐息が吹きかけられているような感覚だけが、はっきりと伝わってきた。
「ピンポーン」
静寂を切り裂くように、玄関のチャイムが鳴り響いた。
インターホンのモニターを確認すると、そこには配送業者の制服を着た男が立っていた。
しかし、その顔は街灯の光を反射しているのか、のっぺりと白く、表情が一切読み取れない。
男が抱えている段ボール箱からは、白い布の端がはみ出し、まるで生き物のように床を這っている。
「お届け物です。
…準備は整いましたか?」
ドア越しに聞こえてきたのは、先ほどのスマートスピーカーと全く同じ、抑揚のない合成音声だった。
Sさんは腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
スピーカーからは、まだ「ピコン、ピコン」と、何かを延々と注文し続ける音が鳴り止まない。
次に届くのは一体何なのか。
彼は翌朝、着の身着のままで友人宅へ逃げ込み、二度とその部屋の敷居を跨ぐことはなかった。
数日後、代理人を立てて解約の手続きを行い、荷物もすべて処分を依頼して、強制的にそのマンションを引き払ったという。