テスト期間中、学生たちの間で「オンライン自習室」を利用するのは、もはや珍しい光景ではない。
だが、都内の私立高校に通うSさん(17歳)が体験したのは、画面の向こう側の「不在」が現実を浸食してくる恐怖だった。
「あの日、私たちはZoom(ズーム)を繋ぎっぱなしにして、無言で勉強していたんです。
一人じゃないと思えば深夜まで頑張れる気がして…」
深夜2時を過ぎた頃、あんなに賑やかだった参加者たちが、一人、また一人とログアウトしていった。
最後に残ったのはSさんと、クラスメイトのA君だけだったという。
A君の画面はずっと「カメラオフ」の状態だった。
マイクもミュート。
ただ、無機質な名前のロゴだけが暗い画面に浮かんでいる。
「A君は、一週間前の自転車事故で大怪我をして、今は市内の病院に入院しているはずでした。
だからログインした彼を見た時、『あ、退院したんだな』って、勝手に安心しちゃったんです」
静まり返った深夜の自習室。
キーボードを叩く音だけが部屋に響く中、不意にPCの画面右下に通知が届いた。
A君からのダイレクトメッセージ(DM)だった。
『後ろ、その本棚の隙間、見ないほうがいいよ』
その短い一文を見た瞬間、Sさんの背筋に氷を押し当てられたような戦慄が走った。
Sさんの部屋の本棚は、ちょうどカメラに映る彼女の背後に位置している。
だが、カメラオフだ。
こちら側が見えているはずがない。
「慌ててマイクをオンにして、『A君、何言ってるの?見えてるの?』って呼びかけたんです。
でも返事はありませんでした」
すると再び通知音が鳴った。
『こっち見たよ』
『いま、本棚から這い出してきた』
心臓の鼓動が耳元でうるさいほど鳴り響く。
Sさんは後ろを振り返ることができなかった。
ただ、モニターの画面に映る自分の背景を凝視した。
画面の中の本棚。
その影が落ちる狭い隙間から青白い、人間のものではない「指」のようなものが、じわじわと外側の壁に掛けられているのが見えた。
「その時、スマホに別の通知が来たんです。
クラスのLINEグループでした」
そこにはクラスメイトの一人が書き込んだ、信じられないような一文が並んでいた。
『みんな、信じられない。A君、さっき病院で亡くなったって…』
Sさんは叫び声を上げようとしたが、喉が引き攣って音にならなかった。
視線をPCの画面に戻すと、A君のアイコンはログアウトしていた。
誰もいない、カメラオフの画面。
だが、最後に一度だけ、ポップアップが表示されたという。
『僕の代わりに見つけてくれたね。ありがとう』
現在、Sさんは自室で一人になることができず、リビングで寝起きしているという。
彼女が使っていたPCの本棚の隙間には、今も何かが潜んでいるような気がしてならない。
便利すぎるオンラインの繋がり。
それは時に亡き者が現世に干渉するための、格好の通り道になってしまうのかもしれない。