都会での一人暮らしを始めたばかりの大学生、Mさん(18歳女性)。
新しい生活への期待と不安が入り混じる中、彼女が借りたのは築年数こそ経っているが、日当たりの良い静かなワンルームマンションだった。
しかし、その部屋で彼女は「見てはいけないもの」を見てしまうことになる。
ある夜、Mさんはふと深夜の3時過ぎに目を覚ました。
静まり返った室内。
窓の外から聞こえる遠い車の走行音だけが、自分が一人ではないことを教えてくれる。
彼女は習慣のように、枕元に置いていたスマートフォンを手に取った。
時間を確認し、SNSでもチェックしてまた眠りにつこうと思ったのだ。
スマートフォンの画面を自分の方へ向ける。
いつもならインカメラが彼女の顔を瞬時に認識し、ロックが解除されるはずだった。
しかし、画面には『顔が認識されません』という冷淡なエラーメッセージが表示された。
(暗すぎるのかな…)
彼女は画面の輝度を最大まで上げた。
スマートフォンの画面が強く発光し、暗闇の中に彼女の顔を白く浮かび上がらせる。
だが、それでもロックは解除されない。
不思議に思って画面を注視した彼女は、息が止まるような光景を目にした。
画面の中、自分の顔のすぐ横。
何もないはずの背後の暗闇に向かって、顔認識を示す「黄色い枠」が、ポッと点灯したのだ。
それは顔の形に合わせて自動でフォーカスを合わせる、お馴染みの機能だ。
(えっ…?)
困惑する彼女を置き去りにして、枠はさらに増えていく。
二つ、三つ、四つ…。
枠は彼女の背後にあるクローゼットの隙間、カーテンの陰、そして天井付近の隅にまで次々と表示された。
まるで狭いワンルームの中に、彼女を取り囲むようにして大勢の人間がひしめき合っているかのような光景だった。
恐怖で指先が震え、スマートフォンを落としそうになる。
彼女は意を決して背後を振り返った。
しかし、そこには使い慣れた自分の部屋があるだけだ。
壁にはポスターが貼られ、脱ぎ捨てた服が椅子にかかっている。
誰もいない。
(機械の故障だ、きっとそう…)
自分に言い聞かせ再び画面に目を戻した瞬間、彼女は絶叫しそうになった。
画面の中の黄色い枠たちが、一斉に動き出したのだ。
バラバラの位置にいた無数の枠が、一歩、また一歩と、画面中央にいるMさんの方へ向かって滑るように近づいてくる。
ある枠は床を這うように、ある枠は天井からぶら下がるように。
そして画面の端に枠に囲まれた一部が映り込んだ。
それは人間のものとは思えない、異様に横に裂けた口だった。
複数の口が画面越しに彼女に向かい、声もなく歪な笑みを浮かべている。
枠が彼女の顔を覆い隠すほど至近距離に迫ったとき、スマートフォンのスピーカーから「プツッ」と耳障りなノイズが流れた。
掠れた、大勢の人間が同時に囁いたような声が、耳元で聞こえた。
Mさんはスマートフォンを放り出し、裸足のまま部屋を飛び出した。
近所のコンビニに駆け込み、朝まで震えて過ごしたという。
後日、彼女はすぐにその部屋を引き払った。
引っ越し作業の際、彼女はふとスマートフォンを確認した。
あの日以来、一度も起動していなかった端末だ。
恐る恐る電源を入れると、ロック画面には無数の通知が残っていた。
そのすべてが、顔認識の失敗を知らせるログだった。
最後に記録されたログの時刻は、彼女が部屋を飛び出した数分後。
そこにはこう記されていたという。
『5人の顔を同時に認識しました。
メインユーザーの登録を変更しますか?』