人里離れたキャンプ場。
そのさらに奥、斜面にへばりつくように建てられた古いバンガロー。
今回、震えるような溜息と共に体験を語ってくれたのは、大学生のAさん(20代女性)だ。
それは大学のサークル仲間、男女5人で訪れた夏合宿の夜のことだった。
夕食のバーベキューを終え、慣れない山の空気に疲れ果てた仲間たちは、日付が変わる頃には全員が雑魚寝の状態で深い眠りに落ちていた。
しかし、Aさんだけは山の静寂が逆に耳について離れず、うつらうつらとした浅い眠りの中にいた。
ふと、顔に冷たい光が当たっているのを感じて目が覚めた。
目を開けると高い天井の真ん中にある、換気用の小さな天窓から、青白い月光が真っ直ぐに差し込んでいた。
その光は暗い室内で、彼女の寝袋だけをスポットライトのように照らしている。
(…あぁ、綺麗だな)
寝ぼけ眼でそんなことを思った、その時だった。
「コン、コン…」
乾いた硬い音が天井から聞こえた。
最初は風で揺れた木の枝が、屋根を叩いているのだと思った。
山の中ではよくあることだ。
しかし、音は規則正しく、そして次第に力を増していく。
「コン、コン、コン、コン…」
まるで誰かがノックをしているような音。
不審に思ったAさんが、寝たままの姿勢で天窓をじっと見上げた。
その瞬間、彼女の心臓は凍りついたかのように拍動を止めた。
月光を遮るように、窓の外側から「数本の指」が、ガラスにべったりと押し付けられていたのだ。
指は異常に細長く、節々がゴツゴツと突き出している。
その指先がガラスの表面を「キィ、キィ」と嫌な音を立ててなぞり始めた。
まるで窓の鍵が開いていないか、あるいはどこかに指を差し込める隙間がないかを探っているような、意志を持った蠢き。
(何あれ!?)
Aさんは恐怖で全身を震わせながら、冷静な自分を呼び戻そうとした。
ここのバンガローは高床式で、しかも天窓は地上から3メートル以上の高さにある。
屋根の傾斜も急で、人間が登って窓を覗き込めるような構造ではない。
梯子でも持ち出さない限り、そこへ指をかけることなど不可能なのだ。
しかし、指はさらに増えていく。
二本、三本…いや、十本以上の指が、天窓の四隅からワラワラと這い出してきた。
それは窓枠を掴むと、今度は窓全体をガタガタと激しく揺らし始めた。
まるで窓そのものを外そうとしているかのような、恐ろしい力強さだった。
「ねぇ、起きて!誰か起きて!」
彼女は隣で寝ている友人の肩を必死に揺すったが、なぜか誰も目を覚まさない。
それどころか友人たちの寝息は異常に深く、まるで死んだように動かないのだ。
その間も頭上からは「ミシミシ…」と木材が軋む音が聞こえ、天窓の隙間からパラパラと、古い泥のような、あるいは乾いた皮膚の破片のようなものが、彼女の顔に落ちてきた。
やがて指の動きが止まった。
天窓の向こう側に、真っ黒な何かが張り付いているのが見えた。
それは顔のようでもあり、あるいは巨大な節足動物のようでもあった。
窓の隙間に差し込まれた一本の指が、ゆっくりと鍵のレバーに触れようとしたその時、遠くで朝を告げる鳥の声が響いた。
瞬時に、指は闇の中へと吸い込まれるように消えていった。
どのくらい経っただろうか、Aさんは真っ先に外へ飛び出し、建物の裏側に回った。
建物の壁は垂直で足がかりなど一つもない。
しかし、彼女が管理人に頼んで梯子を借り、天窓を確認してもらうと、管理人は言葉を失った。
「…これ、どうやったんだ?」
天窓のガラスの外側には、泥と脂にまみれた「素手の指紋」が、窓全体を覆い尽くすほどびっしりと残っていた。
しかもその指紋は、人間のものとは思えない。
すべての指先が同心円状ではなく、中心に向かって鋭く尖ったような、異様な形をしていたという。
Aさんはその日のうちにキャンプ場を後にしたが、今でも高い天井のある部屋に泊まると、夜中に「コン、コン」という音が聞こえてこないか、窓を見上げることができないという。