国道沿いに佇む、24時間営業のファミリーレストラン。
深夜3時、店内にいるのは窓際のボックス席に座る一人の男と、数人のトラック運転手だけだった。
「…あのお客さん、また来てるのか」
バックヤードで、社員の先輩であるMさんが苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
ホールでは女性店員のSさんが、その男の席にだけは絶対に近づかないよう、遠くのテーブルを何度も執拗に拭いている。
彼女の顔は、蛍光灯の下で不自然なほど青白い。
窓際の男は明らかに一人だった。
だが、向かいの「誰もいない席」に向かって、楽しげに語りかけていた。
「…そうだよな。お前もそう思うだろ?」
「あはは!それはちょっとやりすぎだって」
Aくんがドリンクバーの補充のために、その席の横を通りかかったとき、男の向かいの席に注文された覚えのない「メロンソーダ」が置かれているのに気づいた。
氷が「カラン…」と音を立てて揺れる。
ストローを伝って鮮やかな緑色の液体が、目に見える速さで「誰かに吸い上げられるように」減っていく。
そして男が楽しげに笑うたびに、向かいの空席から「ズズズ…」と何かを啜るような、湿った不気味な音が漏れてくるのだ。
「…お客様、お下げしてもよろしいでしょうか?」
Mさんが意を決して声をかけた。
男はゆっくりと顔を上げた。
「ああ、彼女がもうすぐ飲み終わるから…。飲み終わったら『連れて帰る』約束なんだ」
男が見た方の席を見ると、誰かがそこに深く腰掛けたかのような、シートが軋む音がする。
その瞬間、店内の空気が一気に数度下がったのを、Aくんは肌で感じた。
「…行こうか」
男が立ち上がった。
誰もいないはずの向かいの席から、何かが擦れるような音がした。
床に残されたのは男の靴跡ではない。
ベッタリと濡れた裸足のような、水の足跡が男の歩調に合わせて出口へと続いていた。
男が店を出た後、MさんとAくんがそのテーブルを確認すると、そこには飲み干されたグラスだけが残っていた。
だが、そのグラスの縁には、拭いても決して落ちないような、どす黒く変色した口紅の跡が、何重にも重なり合うようにべったりと付着していたという。