怖い話と怪談の処

あなたが今読んだその話、本当に「作り話」だと言い切れますか?

【怪異】古民家の縁側で、自分にだけ聞こえる「土を掘る音」

今回、消え入りそうな声で当時の戦慄を語ってくれたのは、都内のアパレルメーカーに勤務するMさん(30代女性)だ。

三年前の夏、彼女は祖父の七回忌のため、数年ぶりに県境の山奥にある本家を訪れた。

 

その村は、地図から取り残されたように深い杉林に囲まれており、本家は築百年を超える重厚な古民家だった。

法要を無事に終え、親戚一同が座敷で酒を酌み交わしていた夜のことだ。

都会の喧騒に慣れたMさんにとって、夜の静寂があまりに重く、彼女は少し風に当たろうと一人で縁側へと出た。

 

時刻は午後11時を回った頃。

外は月明かりすら届かない、墨を流したような漆黒の闇だった。

「…ふぅ」

Mさんが縁側に腰を下ろし、冷えた麦茶を口に含んだその時だった。

「ザクッ…ザクッ…」

庭の隅、大きな柿の木の根元あたりから、乾いた土を掘り起こすような音が聞こえてきた。

最初はイノシシか何かが餌を探しているのかと思った。

山の中では珍しいことではないからだ。

 

しかし、その音はあまりにリズミカルで、まるで人間が小さなシャベルで一定のテンポを刻んでいるかのようだった。

「ザクッ…ザクッ…ガリッ」

時折、石か何かに当たったような硬い音が混じる。

気になって暗がりに目を凝らすが、何も見えない。

ただ、不気味な音だけが止むことなく響き続けている。

 

「ねえ、おじさん。あそこで何か動物が土を掘ってない?」

通りかかった親戚の叔父に尋ねると、叔父は不思議そうに庭を見つめ、首を傾げた。

「動物?いや、何も聞こえんぞ。虫の声がうるさいくらいだ」

叔父の言葉にMさんは耳を疑った。

自分の耳には今この瞬間も「ザクッ、ザクッ」という生々しい振動を伴う音が聞こえているのだ。

 

叔父が座敷に戻ったあとも音は次第に大きくなり、そして少しずつ近づいてきた。

「ザクッ、ザクッ、ザクッ…」

音の主は確実に縁側に向かって移動している。

恐怖で体が硬直したMさんの鼻腔を、ふいに古い湿った土のような、むせるような匂いが掠めた。

 

ふと、縁側のすぐ下の地面に目を落とした。

そこには、月明かりの反射もないはずなのに、何かが蠢いているのが見えた。

人間の指だ。

それも小学校に上がる前くらいの、小さな子供の指が、暗闇の中から這い出していた。

「カサッ…」

その指が縁側の土台の石を掴んだ。

Mさんは喉の奥で引き攣ったような声を上げ、転がるようにして襖を蹴開け、親戚たちが集まる座敷へと飛び込んだ。

 

「お、おじさん!外に…縁側のすぐ下に、子供の手が…っ!」

顔を土気色に変え、ガタガタと震えながら訴えるMさんに、酒の回った叔父たちは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに顔を見合わせてハッハと笑い出した。

「なんだ、M。やっぱり都会育ちは繊細だな。

山歩きの疲れが出たんじゃないか?」

「そうだよ、外は真っ暗だ。木の根っこか何かが、月影で指に見えたんだろう」

叔父の一人が渋々立ち上がり、懐中電灯を持って縁側を照らしてくれた。

だが、そこにはただ暗い土の地面が広がっているだけで、指も動く影も何一つ存在しなかった。

「ほら、何もない。…まあ古い家だからな。

疲れが溜まると妙なものを見たり聞いていることもある。

今日はもう奥の部屋でゆっくり休み。

明日の朝になれば笑い話だ」

 

叔父の温かい、けれどどこか他人事のような言葉に、Mさんはそれ以上何も言えなくなった。

自分の目には、あの泥にまみれた赤い指がはっきりと見えたのに。

あの土を掘る生々しい「ザクッ」という音が今も耳の奥で反響しているのに。

 

結局、Mさんは「寝不足による見間違い」ということにされ、無理やり布団に潜り込まされた。

だが暗い寝室で目を閉じても、廊下の向こうから聞こえてくる気がしてならない。

「ザクッ…ザクッ…」

親戚たちの高い寝息に混じって響く、あの執拗な音。

Mさんは頭から布団を被り、あの指が今この瞬間も、床板の下をじりじりと這い回っているのではないか。

そんな想像を必死に打ち消しながら、一睡もできずに朝を迎えた。

 

翌朝。

昨夜の出来事がやはり夢であったと思いたくて、Mさんは震える足で再び縁側の下を確認しに行った。

そこには叔父が言った通り、跡など一つもなかった。

だが、柿の木の根元から縁側の真下まで、不自然に地面が掻き毟られたような跡が点々と続いていた。

 

それは無数の子供の指先で抉られたような、細長い溝だった。

しかもその跡は、ただ地面を掘っただけではない。

縁側の柱の最下部、普段は人の目に触れないような暗がりに、小さな手のひらの跡が、泥まみれでびっしりとこびりついていたのだ。

その手形は、昨夜叔父が照らした場所よりもさらに奥、床下の闇へと向かって、まるで這い上がろうとしていたかのように上を向いていた。

 

Mさんはその日、予定をすべて切り上げて逃げるように本家を後にした。

 

三年の月日が流れた今でも、Mさんは一人で静かな部屋にいると、足元から「ザクッ、ザクッ」という音が聞こえてくるような気がしてならない。

そして彼女のマンションのフローリングの隅には、いつの間にか、拭いても拭いても落ちない小さな指の跡が、一歩ずつ、確実にベッドの方へと近づいているのだという。