都心のIT企業に勤めるTさんは、連日の深夜残業で疲れ果てていた。
駅から自宅へ帰る際、少しでも早く横になりたい一心で、近道になる古い神社の参道を通り抜けるのが当たり前になっていた。
ある夜、街灯が届かない参道の真ん中に、ポツンと色褪せた「お守り」が落ちているのを見つける。
不憫に思ったTさんはそれを拾い、拝殿の賽銭箱の上に置いて帰った。
「…落とし主が見つかるといいな」
その些細な事が奇妙な出来事の始まりだった。
翌晩、再び参道を通ると、昨夜お守りがあった場所に、今度は子供の靴が揃えて置かれていた。
その翌晩には老眼鏡、さらにその翌晩には色褪せた写真。
まるでお供え物のように、あるいは拾ってくれるのを待っているかのように、毎晩誰かの落とし物が、少しずつ、少しずつ、Tさんの進行方向に近づいて置かれるようになる。
そしてある夜、ついに参道の真ん中に置かれていたのは——「Tさんの自宅の鍵」だった。
今朝、カバンの中から消えていた自分の家の鍵。
(え?…なんでこんなところに落ちてるんだ?)
震える手でそれを拾い上げた瞬間、背後から
「ジャリ…ジャリ…ジャリ…」
と無数の足が砂利を強く踏み締める音が、一斉に鳴り響いた。
それは一人の足音ではない。
何十人もの人間が、Tさんの背後から迫ってくる音だった。
Tさんは決して振り返らず、暗闇の中を死に物狂いで駆け抜けた。
それ以降、どんなに遅くなっても参道を通り抜ける事はしなくなったという。