Sさんという人が、中学生の頃に体験した話。
林間学校で訪れた山奥のキャンプ場で、クラス全員がバンガローに分かれて宿泊していた。
昼間は飯炊きや川遊びで賑やかだったが、夜になると周囲はひっそりとした雰囲気が漂い、虫の鳴き声だけが響いていた。
消灯後、Sさんたちは疲れもあってすぐに眠りについた。
しかし、深夜になってSさんはふと目を覚ました。
理由は分からない。
ただ、どこか落ち着かない感覚があった。
そのとき、外から「コーン、コーン」と乾いた音が聞こえてきた。
木を硬いもので叩くような音だった。
最初は風で何かが揺れているのかと思ったが、しばらく耳を澄ませているうちに違和感が強くなる。
音は止まらず、同じ間隔で繰り返されている。
やがて、「パカンッ」と何かが割れるような音が混じり始めた。
その音だけがやけに近く感じられた。
気になったSさんはそっと起き上がり、窓の外を覗いた。
月明かりに照らされた共同の飯炊き場が見える。
そこに人影が立っていた。
やけに背が高く、輪郭がぼやけている。
その影は両手を大きく振り上げては、何もない空間に向かって振り下ろす動作を繰り返していた。
手には何も持っていない。
それなのに、振り下ろされるたびに「コーン」という音が鳴り、次の瞬間「パカンッ」と何かが割れる。
視線を落としたとき、Sさんは息を詰めた。
影の足元には薪が積み上がっている。
自分たちが使い切ったはずの薪だった。
その山から一本が浮き上がるように持ち上がり、影の動きに合わせて空中で固定される。
そして、何もないはずの手が振り下ろされると同時に、薪がひとりでに真っ二つに割れて、乾いた音を立てて地面に落ちた。
その光景が、何度も繰り返される。
Sさんは声も出せず、ただ窓に張り付いたまま見ていた。
視線を逸らしたら、何かに気づかれる気がした。
しばらくして、不意に音が止んだ。
影は動きを止め、ゆっくりとこちらへ顔を向けたように見えた。
だが、そこに顔らしきものはなく、ただ暗い塊があるだけだった。
次の瞬間、影はすっと薄れていき、月明かりの中に溶けるように消えた。
気づくと、あたりは音一つない感じに包まれていた。
翌朝、Sさんたちは昨夜のことを半信半疑で話しながら飯炊き場へ向かった。
するとその場にいた全員が足を止めた。
地面には、割られた薪が無数に散らばっていた。
どれも綺麗に、斧で断ち割ったように真っ二つになっている。
しかし、その場には斧も道具も一切なかった。
教師たちも首をかしげるばかりで、結局理由は分からなかった。