ある人に聞いた話。
その学校には奇妙な噂があった。
夜、誰もいないはずの美術室から、カンバスをこする音や絵筆を洗う音が聞こえてくる…というものだ。
「先生、美術室って、夜になると誰か入ってるんですか?」
ある日、好奇心旺盛な女子生徒、サヤが美術部の顧問である森田先生に尋ねた。
森田先生は少し寂しげな笑みを浮かべて答えた。
「ああ、あれはね… イシイ先生が描いてるんだよ」
イシイ先生とは、3年前にこの学校で美術を教えていた先生のことだった。
素晴らしい画力で生徒たちから慕われていたが、ある日突然、病気で亡くなってしまった。
「でも、イシイ先生はもう…」
サヤが言葉を詰まらせると、森田先生は静かに続けた。
「あぁ、わかっている。
だが、あの人は最後まで絵を描き続けたいと言っていた。
だからきっと今も… あの場所で、描き続けているんだ」
森田先生の言葉にサヤは鳥肌が立った。
まさか本当に幽霊が絵を描いているのだろうか…。
それから数日後、スマホのライトを手にサヤは親友のミホと美術準備室に忍び込んだ。
真夜中の美術室を覗いてみようというのだ。
二人は息を潜め、美術室の扉の前に立った。
カチャ… カチャ…
中からは確かに何かをこするような音が聞こえてくる。
サヤとミホは恐怖に震えながらも、意を決して扉を開けた。
「きゃあああああっ!」
二人は悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。
薄暗い美術室の中、イーゼルの上に置かれたカンバスには、この世のものとは思えないほど恐ろしい顔が描かれていたのだ。
それはまるで、闇の中からこちらを覗き込む怨念のような形相だった。
そしてその絵の具はまだ生乾きで、絵筆を持ったイシイ先生が、こちらに背を向けて立っていたのだ…。
二人は恐怖のあまりその場から逃げ出した。
廊下を走っていると、背後から追いかけてくる気配を感じた。
必死に走り続け、ようやく校門までたどり着いた時には、二人は息も絶え絶えだった。
次の日からサヤとミホは高熱を出し、しばらく学校を休むことになった。