あれは私がまだ駆け出しの看護師だった頃の話です…。
私が勤めていた総合病院は市内で一番大きく、いつも患者さんでごった返していました。
ある夜、深夜勤務を終えようとしていた時のことです。
いつも通り、担当する患者さんの最後の巡回を終え、ナースステーションに戻ろうとした時のことでした。
長い廊下の突き当りにある405号室。
そこは数日前から空き部屋になっていたはずなのに…薄暗い廊下を歩く私の耳に、かすかに苦しそうな息づかいが聞こえてきたのです。
「ひゅう…ひゅう…」
それはまるで…誰かが酸素吸入器でもつけているかのような、弱々しい息づかいでした。
(気のせい…?)
私は自分に言い聞かせるように、恐る恐る405号室の前に近づいていきました。
そして、意を決してゆっくりとドアを開けたのです…。
「…!?」
そこには信じられない光景が広がっていました。
部屋のベッドの上には、ひとりの老人が横たわっていたのです。
やつれた顔、白い髪、そして胸の上で弱々しく上下する胸元…。
しかし、患者情報を確認しても、405号室に患者がいるという記録はありませんでした。
「あの…どなたですか…?」
私は震える声で尋ねました。
しかし老人は何も答えず、ただ天井を見つめたまま苦しそうに息をしているだけでした。
私はすぐにナースコールで応援を呼びました。
駆けつけた医師や看護師たちも、目の前の光景に言葉を失っていました。
医師が老人に近づき、その体を詳しく調べ始めました。
脈拍、血圧、体温…。
しかしどれも異常な数値を示しているわけではありませんでした。
「…とにかく、他の部屋に移しましょう」
医師の指示で老人はストレッチャーに乗せられ、別の病室に移されることになりました。
しかし…
「え…?患者さんが…いません…!」
ストレッチャーを病室まで運び、毛布をめくってみるとそこには誰もいませんでした。
まるで最初からそこにいなかったかのように…。
「そんな…私の見間違い…?」
私は自分の目を疑いました。
しかし、確かにあの時あの部屋には…老人がいたはずなのです…。
…それからというもの、深夜になると、405号室からはあの時と同じ、苦しそうな息づかいが聞こえてくるようになったといいます…。