この話はとある寂れた港町にある、海のすぐ近くに佇む廃墟ホテルでの話。
そのホテルは、かつては多くの観光客で賑わっていたそうだが、今は見る影もなく朽ち果て、地元の人間ですら近寄らないと言う。
そんな誰も寄り付かなくなったホテルにまつわる、恐ろしい噂話がある。
それはこのホテルがまだ営業していた頃、宿泊客の一人が謎の失踪を遂げてからというもの、13号室にだけは決して入ってはならない…と、ホテルの従業員の間で囁かれるようになったというのだ。
ある者は、真夜中に13号室から女性のすすり泣く声が聞こえてきたと言う。
またある者は、廊下を歩いていると13号室のドアの隙間から、血走った目が見つめていると言う…。
そして最も恐ろしい噂は、満月の夜、13号室の窓から海を眺めると、水面に浮かぶ白い手がこちらに助けを求めているかのように、ゆらゆらと揺れているのが見えるというものだ。
その噂を耳にした体験者のFさんは、好奇心からその廃墟ホテルの13号室に実際に行ってみることにした。
満月の夜、Fさんは懐中電灯で照らしつつ、スマホのカメラで撮影しながらホテルに向かった。
廃墟の中は埃っぽい空気が鼻をつき、足元には崩れた壁や天井の破片が散らばっている。
Fさんは噂の13号室を探し歩き、2階の少し進んだところで見つける事が出来た。
早速ドアノブに手をかけると意外にも軽く回り、ドアが軋む音とともに開いた。
部屋の中は窓から差し込む月明かりが、かすかに室内を照らしていた。
部屋の奥に進むと突然、背後でドアが閉まる音がした。驚いて振り返るとドアが閉まっている。
風で閉まったのかな?と思うようにし、スマホを構えて部屋の様子を撮影し続けた。
そのとき、窓の方からかすかなすすり泣く声が聞こえてきた。
Fさんは窓に近づき外を覗き込んだ。
窓の下を見渡していると、月明かりに照らされた海面に、白い何かがゆらゆらと揺れているのが見えた。
スマホのカメラでズームしていくと、それが何なのかが分かった。
人間の手だった。
その手はまるで助けを求めるかのように、Fさんに向かっておいでおいでをしている。
Fさんが「これは凄いものが撮れた!」と興奮気味に撮影を続けていると、スマホの画面がノイズ混じりになり、真っ暗になってしまった。
え?電源が落ちた?と電源ボタンを触っても何の反応もない。
諦めきれないFさんがモバイルバッテリーを使おうとしたその時、耳元で
「コッチニオイデ」
というしわがれた声がした。
Fさんは悲鳴をあげ、急いで部屋を飛び出して廊下を全力で走り抜け、階段を駆け下りて一目散にホテルから逃げ出した。
後日落ち着いてから映像を確認してみた時、落ちる直前の真っ暗画面を明るくしてみたところ、暗い中に薄っすらと人の顔が映っていたそうだ。