Hさんがその工場の夜勤に入ったのは、その日が初めてだった。
大学を卒業して数年、工場の現場作業員として働いている彼にとって、夜勤は初めての経験ではなかったが、初めての場所ということで少し緊張していた。
その夜、作業室で数人の同僚と一緒に作業を進めていたが、途中で機械の調整に必要な工具を倉庫まで取りに行くことになった。
工場内は広く、照明の少ない廊下は静まり返っている。
Hさんは小走りで進み、目的の倉庫の扉が見えてきたところで物音が聞こえた。
どうやら倉庫の中で音がするようだ。
「誰かいるんだろうか?」
不安を感じながらも近づいていき、工具棚が並ぶ倉庫の扉を開けた。
その瞬間、棚の間からこちらをじっと見つめる人影が見えた。
懐中電灯で照らすと、それは人の形をしていながら輪郭がぼんやりしている。
まるで黒い靄の塊のようだった。
Hさんは息を呑み、工具を手に取るのも忘れて逃げるように戻る。
作業室に戻ると一番年上の上司であるNさんが彼の様子に気づき、「どうした?」と声をかけてきた。
Hさんは倉庫で見たことを話すと、Nさんはこう言った。
「ああ、あれか。昔からこの工場の倉庫で時々見かけるやつだ。
今のところ害はないけど気づかないフリをしておいた方がいいぞ」
Hさんはその後、倉庫に行くときは必ず誰かを誘うようにしているという。