大学時代、登山サークルに所属していたMさんから聞いた話。
新入生歓迎合宿の一環で、彼らは山間のコテージに泊まることになった。
そこは森に囲まれ静かな場所だった。
一行は昼過ぎに到着し、荷物を運び込んだ後、これからのスケジュールを確認したり夕飯の準備をしたりして過ごした。
辺りがすっかり暗くなった頃、Tさんが玄関先で立ち尽くしているのに気づいたMさん。
彼の視線は暗闇の山道に釘付けになっていた。
「どうしたの?」
と声をかけると、Tさんはポツリと言った。
「…呼ばれてる。行かないと」
そう言うなりTさんは荷物をその場に置き、山道へ向かって歩き出した。
普段の彼からは想像できないほど真剣な表情に、Mさんはすぐにおかしいと察した。
慌てて後を追おうとしたその時、サークルの先輩であるSさんが声を張り上げた。
「Tを引き止めろ!そっちへ行かせるな!」
その一言で全員が動き出し、Tさんを必死で押さえ込んだ。
Tさんは驚くほどの力で抵抗し、普段とはまるで別人のようだった。
それでも数人がかりでなんとか抑え込むと、彼は急に力を抜き、呆然とした表情になった。
「何してたんだ?俺…」
Tさんは自分が山道へ向かおうとしていたことを、まるで覚えていなかった。
その後、落ち着いたSさんが静かに話し始めた。
「あの山ではたまにこういうことが起きるんだよ。
昔から人を騙して山奥へ連れて行く“何か”がいるって噂があるんだ。
行ったら戻ってこられないらしい」
その言葉に、Mさんたちは背筋が凍る思いだったという。