知り合いが真夏のキャンプで体験した話。
真夏の夜の河原でテントを張ってキャンプを楽しんでいた知り合いは、焚き火を囲みながら一人静かな時間を過ごしていた。
ふと川の向こう岸からかすかに声が聞こえてきたような気がした。
耳を澄ませるとそれは明らかに助けを求める女性の声だった。
「助けて…助けてください…」
声は弱々しく、どこか遠くから聞こえるようにも、すぐ近くから聞こえるようにも不思議な響きがあった。
知り合いはライトを手に声の方へ向かっていった。
川岸に近づくと声はより一層鮮明に聞こえるようになった。
「助けて…助けてください…」
声のする方を見ると、そこには水面から顔を出した女性がいた。
真っ白な顔は月明かりに照らされて青白く光っていた。
知り合いは思わず声をかけた。
「大丈夫ですか!?今行くので頑張ってください!」
しかし女性は知り合いの言葉に反応することなく、ただ助けを求める同じ言葉を繰り返している。
この川の一番深いところは、170cmある知り合いの腰の位置まである。
だが知り合いは躊躇せずに川に入り、女性の方へ向かっていった。
真夏だというのに水は異常に冷たく、足元はぬかるんでいる。
ようやく女性の近くに辿り着いた時、知り合いはおかしな事に気がついた。
ライトを照らしこれだけ近くに来たのに、女性は顔だけしか見えない。
いくら夜だと言ってもライトを照らしているのだから、水の中には体が見えるはずだし、沈まないように動かしてる手が見えてもいいはずだ。
だがその女性は手を一切動かしていないというか、頭しか無いのだ。
考えてみれば水が知り合いの腰まであると言っても、80cm程度。
大人の女性がその80cmの位置に顔しか出ていないという事に違和感を覚えた。
知り合いはそこで言葉を失い、ゆっくりと後ずさりした。
向きをかえ、滑らないようにしっかりと川の底を踏み、岸に向かって歩き出した。
岸に辿り着いてから女性の方に振り返ると、女性の姿は消えていた。
もしあの時その事に気づかないでもっと近づいてたら、もしかしたらひきずりこまれたのかもしれないな。
知り合いはそう言っていた。