友人Sから聞いた話。
夏休みの期間中、大学生のSは自転車で地方を旅していた。
山間の小さな村に辿り着いた頃には、日も暮れ始めていた。
Sは偶然見つけた古い民宿に泊まることにした。
民宿は50代くらいのYさんという夫婦が二人で経営していて、Sの他には誰も泊まっていなかった。
夕食は素朴ながらも温かい料理で、Sは満足して部屋に戻った。
お風呂に入り、今日の出来事をスマホの日記にまとめ、そろそろ寝ようかと常夜灯にして目を閉じた。
夜中頃、部屋の襖がガタガタと揺れる音で目が覚めた。
ネズミか?それとも田舎ならではの野生の動物が入り込んだのだろうか?
好奇心と恐ろしさで襖を見つめていると、襖がゆっくりと開きはじめた。
え?動物が襖を開けてる?と思った時、襖の端に指のようなものが見えた。
Sは半分寝ぼけていたこともあり、何が起こっているのか理解できず、開いていく襖を呆然と眺めていた。
しかし襖が半分ほど開いた時、黒くて長いものがヌゥっと現れ、その黒くて長いものの間に白っぽいものが見える。
そこでようやく気がついた、それは人間の髪の毛であり、その隙間から見える白っぽいものは人間の顔であった。
その顔の目と思われるものがSの方を見ている。
Sはようやく恐怖を感じ、「うわあああっ!」と叫び声を上げた。
すると廊下の方からドタドタと足音が聞こえ、廊下側の襖が開きYさん夫婦が部屋の前に立っていた。
Yさんが何事かとSに聞くと、Sは震えながら今起きたことを説明した。
Yさん夫婦は驚きながらSが言った襖の方を見たが、そこには何もいない。
奥に引っ込んだのかもしれない、と部屋の電気を付け、Yさんと一緒に恐る恐る襖の中を確認した。
しかしそこには何もいなく、襖の奥には使っていない布団が積み重ねられているだけだった。
Yさんは
「疲れていて変な夢でも見たのでしょう」
とSを宥めたが、Sは恐怖でとてもその部屋では寝れるとは思えず、Yさんに他の部屋に替えてくれと頼んだ。
幸い部屋は他にも空いていたので他の空き部屋に移動させてもらい、そこで朝までなんとか過ごした。
翌朝、SはYさんに昨日のは夢とは思えない、何かあったんじゃないか?と問い詰めたのだが、Yさん夫婦は5年前に都会から引っ越してきたばかりで、この民宿は空き家だったという事しか分からない。
との事だった。