私は看護師をしているのですが、一定時間おきに巡回をしないといけない為、薄暗い病室の廊下を静かに歩いていた。
深夜2時。
病院は静まり返り、時折聞こえるのは患者さんの寝息や機械音だけ。
ふと、奇妙な声が聞こえる事に気づき耳を澄ませた。
それはどこからか聞こえてくるかすかな歌声だった。
「・・・おころりよ・・・ねんねんころり・・・」
歌詞は聞き取れないが、子守唄のようなメロディーだ。
声の主は女性のようだが、かすれているような感じもする。
私は声の方向を探り、古い病棟へと足を運んだ。
ここは数年前に閉鎖された病棟で、現在は立ち入り禁止となっている。
薄暗い病棟の廊下を進みながら、歌声がだんだん大きくなっていくのを感じた。
そして声のする部屋にたどり着いた。
ドアノブに手をかけ、恐る恐るドアを開けた。
そこには、薄暗い部屋の真ん中に一人、老婆が座っていた。
老婆は白い着物を着て、長い髪を背中に垂らしていた。
老婆は私の存在に気づくことなく歌い続けている。
「・・・ねんねこよ・・・」
どこかの部屋の人が迷い込んだんだろうと思った私は、老婆に声をかけた。
「あの、すみません、こんな所にいたら寒いですし部屋に戻りましょうね」
しかし老婆は私の声を無視し、歌い続けた。
私は老婆に近づき、もう一度声をかけた。
「おばあさん、大丈夫ですか?」
老婆はようやく歌をやめ、私の方を向いた。
老婆の顔は、目が真っ黒に見えた。
そしてかすれた声で言った。
「・・・私は目がないの、無くなったの」
私は名前や病室番号は分かるか聞いてみたのだが、老婆は何も答えなかった。
そして、再び歌い始めた。
「・・・寝ろよ 寝ろよ ねんねこよ
目がない私は 闇の中」
すると老婆がだんだんと消えていき、最後には見えなくなってしまった。
私は恐怖で声も出なかった。
老婆の歌声だけが耳に響き続ける。
「子守唄を歌う 子守唄を歌う 誰もいない この場所で」
私は後ろを振り返らず、一目散にその場を走り去った。
「ねんねんころりよ、おころりよ
ねんねんころりよ、おころりよ
眠りに落ちて永遠に」
その後、その老婆の歌声を聞くことは無くなった。