その日私は、一人でカルテ整理をしていた。
ふと背後で物音が聞こえた。振り返ると隣の病室の扉が少し開いている。
「・・・誰?」
誰もいないはずの病室に声をかけたが、返事があるはずはない。
私は好奇心と不気味さを抱えたままゆっくりと病室に近づいた。
薄暗い室内に一台のベッドが置かれている。
誰もいないはずの部屋だったのだが、何故かそこには一人の老人が横たわっていた。
「・・・何か?」
老人はかすれた声で私に尋ねた。
「あの・・・すみません、物音が聞こえたので・・・」
「ああ、すまない。寝言だったのだよ。」
老人は苦しそうな表情で咳をした。
「何かお困りですか?」
「水・・・水をくれ。」
私はコップに水を汲んで老人に差し出した。
老人はゆっくりと水を飲み干し、私に微笑んだ。
「ありがとう。助かったよ。」
「・・・いえ。」
老人の顔はどこか不自然だった。
薄暗い中、私は老人の顔をよくみていて分かった・・・目がない。
老人の顔には目があるはずの場所に空虚な穴が広がっていた。
私は恐怖で声も出ない。
老人は何も言わず、ただ私に微笑んだ。
その瞬間、窓側で「バン!」という窓が叩かれたような音がした。
窓を見ると、開くはずのない窓の外にベッドにいた老人が浮いている。
私は恐怖に駆られ病室から飛び出した。
背後から老人の不気味な笑い声が聞こえてきた。
「・・・ありがとう・・・また・・・来るのだよ・・・。」
私は他の看護師さんがいるところまで行き、今起こった出来事を話そうかどうか迷っていた。
すると先輩の看護師さんがやってきて、小声で「何か見ちゃったのね」と言い、他の看護師さんに「この子ちょっと体調悪いみたいだから休憩室行くね」と言って私を連れ出し、今の出来事を聞いてくれた。
どうやら極稀にそういうものを見てしまう時があるそうだ。
先輩の他にも数名そういうのを見てしまった人がいるようで、そういうのが苦手な人は夜勤を拒否するか辞めてしまうそうだ。
先輩からアドバイスとして
「もしそういうのを見てしまったとしても見えないフリをして病室を出る、廊下なら声に出して気のせいかと言って立ち去った方がいい。
もしつきまとって来るようなら休憩室等に行って、休憩するフリをして目をしばらく瞑る事」
との事だった。