あるオフィスビルを警備しているMさんの話。
Mさんは、毎晩巡回の一環として屋上へ上がることになっていた。
昼間は社員たちで賑わっているこのビルも、夜になると不気味なほど静かになる。
ある夜、Mさんがいつものように屋上に上がると、視界の隅に黒い影が見えた。
誰かいるのかと思い、屋上をくまなく探してみたが誰も見当たらない。
気のせいだったのかなと思い、そのまま巡回を続けた。
しかし翌晩も同じ場所に同じ影を見たのだが、近づこうとすると消えてしまう。
「なんだろうな、あの影は」
Mさんは心の中でつぶやいた。
その影は翌晩も、そのまた翌晩も必ず同じ場所に現れた。
屋上の片隅にじっと佇むその影は、最初は静止しているだけだったが、ある夜から少しずつ動き出すようになった。
Mさんが屋上に上がるたびに影は少しずつ近づいてくるのだ。
近づいては来るのだが、少し動くとフッと消えてしまう。
「なんなんだ…あれは…」
Mさんは不安を感じたのだが、すぐに消えてしまう影なんてどう報告したらいいのか分からない。
ある晩、影がいつもよりも大きく近づいてきたことに気づいたMさんは、懐中電灯を片手に影の方向へゆっくりと歩み寄る。
「おい、誰かいるのか?」
声をかけたが返事はない。
影はじっとMさんを見つめているようだった。
Mさんはさらに一歩近づいた。その瞬間、影が突然動き出し、Mさんに向かって急接近してきた。
「うわっ!」
Mさんは驚いて後ずさりし、転びそうになる。
影はMさんの目の前で止まり、その輪郭が次第にはっきりとしてきた。
それは人間の形をしていたが顔がない。
ただの黒い空間が広がっているだけだった。
恐怖で凍りつくMさんの目の前で、影はゆっくりと手を伸ばしてきた。
「や、やめろ!」
Mさんは必死に逃げようとしたが、影の手が彼の肩を掴んだ瞬間意識が遠のいた。
どのくらい経ったか分からないが、気がつくと同僚に揺すり起こされた。
「おい、大丈夫か?」
Mさんは体を起こし辺りを見回したが、影はどこにもいなかった。
同僚は心配そうにMさんを見つめていた。
その後、Mさんは同僚たちにこの出来事を話したが、誰も信じてくれなかった。
むしろ彼が疲れすぎて幻覚を見たのだろうと言われ、しばらく日勤だけに変更された。