タクシー運転手のKさんは、深夜のシフトを終えかけていた。
夜のタクシー業務は酔っ払い客や奇妙な出来事が多いが、それに慣れてしまうのがこの仕事の常だった。
その夜も、Kさんは最後の一件を終えて会社に戻るところだった。
時計は午前1時半を指していた。
ラジオから流れる音楽が車内の静けさを和らげていた時、突然無線が鳴り響いた。
オペレーターからの連絡だった。
「Kさん、すみませんがもう一件だけお願いできますか?緊急の予約が入ったんです。住所は◯◯町の5番地です。」
Kさんはため息をつきながらも了承し、指定された住所へ向かった。
その場所は郊外の静かなエリアで、特に深夜にはほとんど人が出歩いていない。
Kさんはこのような予約がたまに入ることを知っていたため、特に気にすることなく車を走らせた。
やがて指定された住所に到着して驚いた。
そこには墓地が広がっていたのだ。
少し不安を感じ、車を降りて周囲を見回したが誰もいない。
(こんな場所に人がいるはずがない)
そう思いながら念のために無線でオペレーターに確認した。
「こちらKです。指定された住所に到着しましたがここは墓地です。何かの間違いでは?」
オペレーターは少し困惑した声で答えた。
「そうですか?住所は確かに◯◯町の5番地でした。何かの間違いかもしれません。
すみませんがもう少し待ってみていただけますか?」
Kさんは車に戻り、エンジンを切ってしばらく待つことにした。
その時、車の後部座席に何かが動いたような気がして振り返ったが、誰もいなかった。
(気のせいか)と思ったその時、突然後部座席のドアが開き、冷たい風が車内に流れ込んできた。
Kさんは驚いて開いたドアを見るが誰もいない。
(なんだ、誤作動か)
ドアを閉めようとした時、背後から消え入りそうな女性の声が聞こえた。
「◯◯までお願いします」
Kさんは凍りついた。
振り向くと後部座席に一人の女性が座っている。
その顔は青白く、目は虚ろでまるで生きていないかのようだった。
Kさんは恐怖で動けなかったが、その女性はただ静かに見つめていた。
女性は続けて口をパクパクと動かしたが、何を言っているのか聞き取れない。
Kさんは震えながら
「す、すいません、きき、聞き取れなかったのでもう一度お願いしますっ」
そう言った瞬間、女性は霧のように消えてしまった。
Kさんは震え声で悲鳴を上げ、急いで車を発進させその場所を離れた。