Mさんは、毎晩遅くまで働く会社員だった。
仕事は次の日にまわしても良かったのだが、ついつい気になってやり続けてしまい、帰宅はいつも終電近くになってしまう。
そんな彼がある日、奇妙な体験をした。
その日は特に疲れていて、仕事が終わった頃にはもう午前0時を回っていた。
Mさんは駅に急ぎ、なんとか終電に間に合った。
車内はガラガラで、座席に腰を下ろしていつものように窓の外を眺めていた。
しばらくすると、次の駅で一人の女性が乗ってきた。
彼女は黒いコートを着て長い髪を下ろしている。
他に変わったところは無く、ただ静かにドアの近くに立っていた。
その姿に特に違和感を感じることもなく、Mさんは再び窓の外に視線を戻した。
しかし、翌日もまたその女性が同じ時間に同じ場所から乗ってきた。
彼女は前日と同じようにドアの近くに立っている。
Mさんは偶然だろうと考えていたが、何日か続くうちに不気味さが増してきた。
ある夜、Mさんは思い切って彼女に話しかけてみようと思った。
終電が出発してしばらく経った頃、彼女の近くに歩み寄って軽く声をかけた。
「こんばんは。毎晩この時間に乗ってくるんですね?」
しかし女性は返事をしない。
ただじっと前を見据えているだけだった。
Mさんは少し気まずくなり、そのまま先程自分が座っていた席に戻った。
自分の席に戻ってしばらくすると、いつの間にか目の前にその黒いコートを着た女性が立っていた。
彼女は低い声で「お前には私が見えるのか」と聞いてきた。
びっくりして返答に困っていると、突然女性の手が伸びてきてMさんの顔を掴んだ。
手を引き剥がそうと抵抗したが、力が強くて引き剥がせない。
やがてMさんは意識を失ってしまった。
次に気がつくと、誰かに呼ばれているような気がして目を開けた。
目の前にはスーツを着た知らない男性と、駅員さんが心配そうに覗き込んでいる。
どうやらMさんは寝てしまっていたようだが、スーツを着た男性いわく、Mさんは青い顔をして席に倒れて泡を吹いていたそうだ。
(怖い夢を見たんだな)と思ったMさんだったが、スーツを着た男性が言った。
「大丈夫ですか?あなたの顔、手で掴まれたような跡が付いてますよ」
その言葉を聞いて、Mさんの背筋に冷たいものが走った。
さっきMさんが見たものは夢だったのだろうかか、それとも現実だったのか。
それ以来、Mさんは終電に乗ることを避ける為、遅くても終電の1時間前には帰るようになったそうだ。