知り合いのKさんが体験した話。
一人の旅を好むKさんは、その日は地方の古い旅館にたどり着いた。
山間のひっそりとした場所に佇むその旅館は、年季の入った木造建築で、どこか懐かしい雰囲気を漂わせている。
早速旅館の入り口で挨拶をし、出てきた主人に予約もなく突然だが泊まれるかどうかを聞いてみた。
すると、ここ数年旅館としてはやっておらず、まともな用意は無いけどそれでもいいのでしたら、という返事が返ってきた。
Kさんは泊まれるだけでありがたいので是非、と喜んだ。
では、と旅館の主人に案内され部屋に向かった。
部屋に入ると、Kさんは早速窓を開け外の景色を眺めた。
眼下に広がる緑豊かな山々、そして遠くに見える青空。
ここまできた甲斐があった、とKさんはしばらく景色を眺めていた。
やがて夕食の時間になり、主人と女将さんがやってきた。
夕食は旅館の近くで採れた山菜や、野菜を使った料理が並んだ。
どれも素材の味を生かした優しい味付けで、Kさんは心もお腹も満たされた。
お風呂は木の香りが心地よい檜造り。
温泉にゆっくりと浸かり、Kさんは日中の疲れを癒した。
部屋に戻ってくつろいでいると、主人がやってきていっぱいどうですか?と、ビールを持ってきた。
主人、そして女将さんと雑談を楽しみ、やがて就寝時間になり、布団を敷いてもらってそこで寝る事にした。
夜、ふと目を覚ましたKさんはなんとなく押入れを見ていた。
すると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
押入れの上にある天袋が、ゆっくりと開き出した。
そしてその中からゆっくりと白い顔をした髪の長い人が顔を出し、部屋を見渡している。
部屋はオレンジ色の常夜灯で薄暗く照らされている為、その顔ははっきりと見えた。
Kさんは恐怖で声も出ず、ただただその白い顔を見つめることしかできなかった。
やがて白い顔はしばらく部屋を見渡した後、ゆっくりと天袋に吸い込まれるように消えていった。
Kさんは何が起こったのか理解できなかった。
夢だったのだろうか?
しかし押入れの上の天袋は今も開いている。
確認してみたかったが、もし確認しにいった時、目の前にその顔があったら・・・。
そう思うと怖くて確認する事が出来なかった。
翌朝、Kさんは昨夜の出来事を旅館の主人に話そうとしたのだが、信じてくれないだろうし、折角泊めてもらったので何だか悪い気がしたので話さなかったそうだ。