大学二年の夏、俺たち三人、SとKとTは、ゼミの仲間と卒業旅行に行った。
行き先はKの地元である東北の温泉地。電車とバスを乗り継ぎ、山奥にある古びた旅館に到着した頃にはすっかり日が暮れていた。
旅館は歴史を感じる木造建築で、廊下は軋み、部屋はどこかひんやりとしていた。
案内された部屋は六畳間で、窓の外は鬱蒼とした木々に覆われていた。
夕食は囲炉裏を囲んでの山菜料理。
素朴だが滋味深く、都会の喧騒を忘れさせるような静けさが心地よかった。
就寝時間になり布団に入ったものの、俺はなかなか寝付けなかった。
窓の外から聞こえる風の音、天井のシミが人の顔に見えたりして妙に落ち着かない。
そんな時、隣の布団のKが「おい、S、起きてるか?」と声を掛けてきた。
「どうした?」と返すと、Kはひそひそ声で「なんか変なんだよ」と言う。
「さっきから、天井裏で音がするんだ。何かが走り回ってるような…」
Tは既に寝息を立てている。
最初は気のせいだろうと取り合わなかったが、しばらくすると確かに天井裏から、何かが走り回るような音が聞こえてきた。
ドタドタ、と鈍い音が断続的に響く。
まるで、子供が走り回っているような…。
「ネズミじゃないのか?」と俺は言ったが、Kは「いや、もっと重い音だ。それに、規則的すぎる」と首を振った。
確かに音は規則正しく、部屋の中を何かがぐるぐると回っているようだった。
恐怖を感じた俺たちは布団に潜り込み、じっと息を殺した。
天井裏の足音はしばらく続いた後、ふっと消えた。
その夜は二人ともほとんど眠れなかった。
翌朝、旅館の人に昨夜のことを話したが、「心当たりはない」と取り合ってくれなかった。
昼前に旅館を後にしたが、あの天井裏の音が何だったのか今でもわからない。
ただ、あの旅館には二度と泊まりたくないと思う。