Aさんは職場から遠くても安いアパートを選んで住んでいた。
普段は規則正しい生活を送っていて、夜更かしをすることなど滅多になかった。
しかし、お盆休みで10日間の休暇に入り、久々の自由時間を満喫していた。
その夜、Aさんは珍しく夜中までネット動画を見ていた。
そろそろ寝ようと時計を見ると、深夜1時を過ぎていた。
寝室に向かい、布団に入ろうとしたその時、押入れの方から微かな物音が聞こえてきた。
「カリッ…カリッ…」
それは何かが爪で押入れの襖を引っ掻いているような音だった。
Aさんは背筋がゾッとした。
実はAさんはこのアパートに引っ越してきてから、押入れは一度も開けたことがなかった。
何が入っているのかさえ知らなかったのだ。
音は徐々に大きくなり、引っ掻く音だけでなく何かが中で動いているような気配も感じた。
恐怖に駆られたAさんは、布団の中で体を固くして音に耳を澄ました。
しばらくすると音が止まった。
Aさんは恐る恐る押入れに近づき襖に手をかけた。
心臓がドキドキと音を立てている。
意を決して一気に襖を開けた。
押入れの中には暗闇が広がっていた。
「え?何だこれ?何も見えない。」
しかし確かに何かがいる気配を感じた。
息を潜めてじっと奥の方を見つめていると、暗闇の中から二つの小さな赤い点が浮かび上がってきた。
それはまるで獣の目のようにAさんをじっと見つめていた。
次の瞬間、その赤い点がゆっくりと近づいてきた。
Aさんはそれが何かを理解した。それは人間の子供の目だった。
暗闇の中から小さな子供が這い出してくるのが見えた。
体は痩せ細り、顔は青白く、目は真っ赤に充血していた。
子供はAさんに向かってニタリと笑うと、こう言った。
「遊ぼうよ…」
Aさんは恐怖のあまり声も出せず、その場で気絶した。
次の日の昼頃、Aさんは友人からの電話の音で目を覚ました。
恐る恐る押入れを開けてみると、中は空っぽで何もなかった。