夕暮れ時、Kさんは山奥の静寂に包まれた場所に一人テントを設営していた。
辺りは深い森に囲まれ、日が落ちると共に鳥の鳴き声も聞こえなくなってくる。
テントの設営を終え焚き火を起こそうとしたその時、近くの木立から微かな囁き声が聞こえてきた。
最初は風の音かと思った。
しかし、耳を澄ますとそれは明らかに人の声だった。
だが何を話しているのかは全く聞き取れない。
男の声にも女の声にも聞こえ、まるで複数の人間が同時に話しているかのようだ。
Kさんは恐怖を感じながらも好奇心を抑えきれず、声のする方へとゆっくりと近づいていった。
木立に足を踏み入れると囁き声はより鮮明になった。
だが相変わらず言葉の内容は理解できない。
声は木々の間を縫うように響き渡り、まるで木々自体が話しているかのようだった。
その時、Kさんは一つの奇妙なことに気づいた。
囁き声はKさんが近づくと止み、離れると再び始まるのだ。
不安と恐怖がKさんに入り交じる。
この森には何かいる。
人間ではない何か。
Kさんは急いでテントに戻り、震える手で焚き火に火をつけた。
炎が揺らめき周囲を照らす。
しかしその光もKさんの恐怖を完全に消し去ることはできなかった。
囁き声は夜が深まっても止むことはなかった。
まるで森全体がKさんに何かを訴えかけているかのようだ。
Kさんは眠ることなどできず、一晩中恐怖に怯えながら朝を待った。
朝になり、太陽が昇ると共に囁き声は嘘のように消えた。
Kさんは急いでテントを撤収しその場を離れた。
振り返ると静寂に包まれた木立が、何か秘密を隠しているかのように静かに佇んでいた。
その後、Kさんはあの森に近づくことはなかった。
今でもあの時聞いた囁き声が耳から離れない。
あれは一体何だったのか。
木霊の仕業だったのか、それとも…