薄暗い古びたアパートの一室で、私は一人暮らしをしていた。
引っ越してきた当初から、鏡台に置かれた古い鏡が気になっていた。
縁は黒ずみ、埃が被り、どこか不気味な雰囲気を醸し出していた。
ある夜、一人で部屋でテレビを見ていると、ふと鏡に映る自分の姿が目に入った。
しかし何かがおかしい。
私の背後には誰もいないはずなのに、人の影が映っていたのだ。
慌てて振り返ったが当然ながら誰もいない。
もう一度鏡を見ると影は消えていた。
気のせいかと思いテレビを見続ける。
しかししばらくするとまたしても鏡に影が映る。
今度は明らかに人の形をしている。
恐怖を感じながらも、鏡から目を離すことができなかった。
影はゆっくりと動き出し私の背後に近づいてくる。
鏡越しに見る自分の表情は、青ざめ震えていた。
ついに影が私の背後にぴったりと張り付いた。
息を呑むような恐怖を感じた瞬間、鏡が突然割れた。
鏡の破片が床に散らばり鏡台が倒れた。
私は茫然と立ち尽くし、何が起こったのか理解できなかった。
鏡が割れたからなのか、背後からの気配は消えていた。
翌日、私は鏡台を処分し新しい鏡を買ってきた。
それからはその影を見る事は無かったし、その出来事は誰にも話さなかった。
数年が経ち、私はすっかりあの出来事を忘れていた。
ある日古い友人が私の部屋を訪れた。
友人は私の部屋を見渡しながら、ふと鏡台に目を止めた。
「あら、新しい鏡ね。前の鏡はどうしたの?」
私は何気なく答えた。
「割れたから捨てちゃった。」
友人は驚いたような顔で私を見つめた。
「えっ、割れたの?どうして?」
私は曖昧な笑みを浮かべながら、「うっかりぶつかってね。」と答えた。
友人は何も言わずに私の顔を見つめていた。
そしてしばらくすると静かにこう言った。
「あの鏡ね、実は…。」
友人は私に語り始めた。
その鏡は、かつてこの部屋に住んでいた女性のものだったという。
女性はある日、突然姿を消し行方不明になった。
女性の家族が部屋に行くと、鏡が割れていたという。
友人はその女性が鏡に映る自分の影に悩まされていたという話を聞いていた。
影は徐々に女性に近づき、ついには…
私は友人の話を聞きながら、背筋がぞっとするような恐怖を感じた。
あの夜、鏡に映っていた影はあの女性の…
私は何も言えなかった。
ただ友人の話を聞き続けることしかできなかった。
友人は話を終えると、私の肩を抱き寄せた。
「大丈夫だよ。もう何も起こらない。」
私は友人の言葉に慰められながらも、心の底ではあの夜の恐怖が消えないことを知っていた。