山奥深くで炭焼きを生業とするFさんがいた。
炭焼きは孤独な作業。日が昇ると山に入り、窯の火を見守りながら日が暮れるまでただひたすらに時を過ごす。
ある年の夏の終わり、炭焼き小屋で一晩を明かしていたFさんは奇妙な物音で目を覚ました。
それは小屋の戸をゆっくりと叩くような音だった。
何事かと耳を澄ませていると、戸を叩く音は徐々に速さを増し、まるで何かが中に入ろうとしているかのようだった。
不安を感じ、意を決して小屋の戸を開けたが外には何もいなかった。
Fさんは首をかしげながらも再び戸を閉め、寝床に戻ろうとしたその時、背後からかすかな気配を感じた。
振り返ると小屋の中に一匹の奇妙な生き物がいた。
見た目は狸のようだったが、体全体が黒く、虫のように額にも目があり、その目が一斉にFさんを見つめてじっと動かない。
Fさんは恐怖で足がすくみ声も出せなかった。
生き物はゆっくりと動き出し、小屋の中を這い回り始めた。
Fさんはなんとか勇気を振り絞り、手近にあった木の棒を握りしめた時、突然その生き物が飛び掛かってきた。
Fさんは驚きと恐怖で棒を振り回したが、生き物はそのままFさんの腕に絡みつき、奇妙な動物独特の鳴き声を発している。
その声に恐怖で叫び声を上げ、生き物を振りほどこうとした。
必死の思いで生き物を払いのけ、小屋の外に飛び出した。
走りながら振り返ると、その生き物はもういなかった。
Fさんは息を整えながら小屋の中に戻ると、恐る恐る小屋の中を調べ周り、小屋の中に何もいない事を確認した。
しかし寝てる間にまたあの生き物がやってくるかもしれないと思うと、恐怖で眠ることができなかったので寝ずの番をすることにした。
翌朝、Fさんは小屋を後にして家に帰った。
家に着くなり爺さんに昨夜の出来事を話した。
すると爺さんは静かに頷いて言った。
「それは『クワズオイ』だな。」と言う。
「クワズオイは炭焼きをしてる人がいるとやってきて、お酒や食べ物を食べちゃうんだ。
次に小屋に行ったときは小屋の外に食べ物を置いとくとといい。」
Fさんは爺さんの言葉に従い、小屋に行くときには食べ物とお酒を持って行き、お供え物を小屋の隅に置いた。
それ以来、奇妙な生き物の姿を見ることはなくなったそうだ。