仕事で遅くなった帰り道のことだった。
住宅街を抜ける細い道を歩いていると、遠くからこちらに向かって歩いてくる人影があった。
やがて近づいてきたその人は、どこか懐かしい雰囲気を纏った中年の男性だった。
「お久しぶりです」そう声をかけられた瞬間、私は驚いた。
彼は昔よく世話になった近所のYさんだったのだ。
子どもの頃、家族ぐるみで交流があり、私はYさんの家によく遊びに行っていた。
しかし、彼とはもう十年以上も会っていない。
立ち話の中で彼は「最近どうしているか気になってね」と笑いながら、昔話をいくつか語ってくれた。
その口調や表情は、子どもの頃に見ていたままの温かさだった。
話が盛り上がりもっと話したいと思ったが、彼はふと腕時計を見て「そろそろ帰らないといけない」と言った。
名残惜しさを感じつつも、私は「また会いましょう」と声をかけ、彼は静かに歩いて去っていった。
しかしその後、奇妙なことに気づいた。
彼が去っていった方向には道がないのだ。
古い家々の塀が続く行き止まりだったはず。
不思議に思った私は家に戻って家族にそのことを話した。
すると母が怪訝な顔をして、「その人なら何年か前に亡くなったと聞いたよ」と告げた。
信じられない思いでその晩を過ごしたが、翌日、Yさんの家族がまだ近くに住んでいることを思い出し確認に行った。
彼の家族もまた、彼が亡くなったことをはっきりと教えてくれた。