これは、都内でWebデザイナーをしているSさんから聞いた話。
当時、彼女の住んでいたアパートには洗濯機がなかった。
仕事から疲れ果てて帰宅し、溜まった家事や夕飯を一通り済ませる。
気づけば時計の針は深夜を回っている。
それが当時の彼女の日常だった。
そのため、二日に一度は深夜、重い足取りで徒歩3分ほどの場所にある、24時間営業のコインランドリーへ向かうのが日課になっていた。
ある日の深夜2時過ぎ。
乾燥機を回している間、Sさんは備え付けの椅子に座り、チカチカと点滅する蛍光灯の下でぼんやりとスマホを眺めていた。
「…たす…け…」
不意に洗濯機の回転音に混じり、小さな音が聞こえた。
最初は何かの機械音か外の風の音だと思った。
だが違う。それは明らかに「人の声」だった。
声は彼女が今使っている「乾燥機」の中から聞こえてくる。
恐る恐る、乾燥機の丸いガラス窓に顔を近づけた。
熱気で少し曇ったガラスの向こう、グルグルと回る衣類。
一瞬、視界の端を「黒い長い髪」のようなものが横切った。
「…え?」と思った瞬間、乾燥機がガタン!と大きく揺れ、内側のガラスにベチャリと何かが押し付けられたような跡がついた。
Sさんは悲鳴を上げ、急いで乾燥機を停止させドアを開けた。
熱い蒸気が溢れ出す中、彼女は中にある自分の服をすべて、床にぶちまけるようにして引っ張り出した。
だが、変なものは何もない。
あるのはただの生暖かい衣類だけだった。
「見間違いだ…」そう自分に言い聞かせ、彼女は震える手で衣類をカゴに詰め込み、家へと逃げ帰った。
異変は家で洗濯物を畳んでいるときに起きた。
お気に入りのバスタオルの間に、コロンとした小さな何かが挟まっている。
取り出した瞬間、Sさんは全身の血の気が引くのを感じた。
手のひらの上にあったのは、一つの「銀色の指輪」だった。
最初は、乾燥機の熱でふやけた「指」に見えた気がした。
だが、そこにあるのは指輪だけだ。
彼女は指輪なんて持っていない。
全く見覚えのない、他人の指輪だ。
だが、その指輪の内側には、赤黒い汚れが付着した刻印が刻まれていた。
翌日、彼女は警察と一緒にあのコインランドリーへ行ったが、乾燥機の中からも、配管からも何も見つからなかった。
防犯カメラには、一人で乾燥機の前で何かに怯え、泣き叫びながら中身をぶちまけて、夜の闇へと走り去るSさんの姿だけが映っていたという。