怖い話と怪談の処

ブログ名の最後の文字は(ところ)と読みます。怖い話や不思議な話が大好きな方、是非ご堪能下さい。記事への★ありがとうございます。

深夜のオフィスで聞こえる音

私の会社が入っているオフィスビルは、夜になると人気がなくなる。

最終の電車が出た後、残っているのは数えるほどの社員だけだ。

私もその一人だった。

 

その日、どうしても終わらせなければならない仕事があり、深夜までオフィスに残っていた。

フロアにはキーボードを叩く音と、時折聞こえる空調の音だけが響いている。

夜中の2時を過ぎた頃だろうか。

ふと背後から微かな音が聞こえた気がした。

カリ…カリ…

まるで何か硬いものを引っ掻くような、そんな音。

最初は隣の部署の誰かがまだ残っているのかと思った。

しかし隣の部署の電気は消えている。

音は途切れ途切れに聞こえてくる。

カリ…カリ…

気になって音のする方へ振り返ってみたが、廊下には誰もいない。

フロアの照明は薄暗く、静まり返っている。

「気のせいかな…」

そう思って仕事に戻ろうとした時、また聞こえた。

カリ…カリ…

今度はさっきよりも近くで聞こえた気がした。

私はそっと立ち上がり、音のする方へ歩いて行った。

音は給湯室の方から聞こえてくるようだ。

 

給湯室のドアの前まで来た時、音がピタリと止んだ。

私は息を潜めてドアに耳を澄ませた。しかし聞こえるのは静寂だけ。

ゆっくりとドアを開けて中を覗いてみたが、そこには何もなかった。

シンクも棚もいつもと変わらない。

「やっぱり、気のせいだったんだ…」

そう自分に言い聞かせ、席に戻ろうとしたその時だった。

背後でかすかな衣擦れの音が聞こえた。

その瞬間、私は強烈な寒気に襲われた。

電気を消して帰ろう。

そう思い、急いでパソコンの電源を落とし、荷物をまとめた。

 

フロアの電気を消しながら入り口に向かって歩いていると、また聞こえた。

カリ…カリ…

今度はすぐ後ろで聞こえた気がした。

恐る恐る振り返ると、暗闇の中に、ぼんやりとした白い影のようなものが浮かんでいるのが見えた。

それはゆっくりと、こちらに向かって近づいてくるように見えた。

私は悲鳴を上げそうになるのを必死に堪え、全力でオフィスを飛び出した。

エレベーターを待つ時間さえ惜しく、階段を駆け下りた。

外に出ると夜の冷たい空気が、熱くなった私の体を冷やしてくれた。

あれは一体何だったのだろうか…。

 

次の日、会社で昨夜の出来事を誰かに話そうとしたが、結局、誰にも話すことはできなかった。

きっと気のせいだと思われるだろう。

しかしそれ以来、私はどんなに仕事が残っていても、終電までには必ず帰るようにしている。

深夜のオフィスには、何か得体の知れないものが潜んでいる気がしてならないのだ。

時々、ふと、あのカリ…カリ…という音が、聞こえてくるような気がするのだ。