ばあちゃんがまだ小学生だった頃の話。
村の外れに、夏の季節になると水がすっかり引いてしまう池があった。
雨がほとんど降らない年には池は完全に干上がり、底の泥がひび割れて広がっていたという。
大人たちは「あそこは危ないから行くな」と言っていたが、理由までは教えてくれなかった。
だから子どもたちにとっては、かえって気になる場所だった。
ばあちゃんも友だち数人と一緒に、その乾いた池に遊びに行った。
池の底は思ったより広く、ところどころ乾いている。
そのときばあちゃんは気づいた。
少し離れた場所の泥の上に、白いものが横たわっていた。
長くなだらかな曲線を描いていて、まるで小さな舟を伏せたような形をしていた。
色はくすんだ白で、土に汚れているのに妙に目立って見えたという。
「誰かが捨てた木の舟かな」
そんなふうに思いながら、ばあちゃんたちは近づいていった。
けれど近づくほどに違和感が強くなった。
それは木でも石でもなかった。
表面はつるりとしていて、殻のない貝のように柔らかそうだった。
触ってもいないのに、生き物だと直感的に分かったらしい。
しばらく眺めていると、その舟の中央あたりがゆっくりと開いた。
ぱくり、というほど大きな動きではない。
ただ静かに、割れ目が広がるように口らしきものが開いた。
その奥は暗く、どれだけ覗いても底が見えなかった。
するとその日は風が吹いていないのに、池の周りの草が一斉にざわっと揺れた。
音はなく、ただ草の動きだけが視界に入ったという。
ばあちゃんは急に息が苦しくなった。
開いた口の奥が、池の底よりもずっと深い場所につながっているように見えて、そこから何かが出てくる気がしてならなかった。
誰かが叫んだわけでもない。
合図を決めたわけでもない。
けれど全員が同時に後ずさりし、やがて走り出した。
振り返ったのは池からかなり離れてからだという。
白い舟のようなそれは再び口を閉じ、そのままぬるりと泥の中へ沈み始めていた。
泥が吸い込むように覆いかぶさり、それはあっという間に沈んでいった。
池には何事もなかったように泥だけが残った。
その日以降、ばあちゃんたちはその池で遊ぶのをやめたという。
大人たちも理由は言わずに、ただ近づくなと言い続けた。
乾いた池の底には、まだ何かが眠っている気がしてならないそうだ。