地方にある3階建ての古いビル。
その2階にオフィスを構える、小さな会社で働くRさんから聞いた話。
ある日の深夜22時過ぎ。
フロアに残っていたのは、Rさんと同僚のSさん、そして後輩のKさんの3人だけだった。
締め切りに追われ、室内にはキーボードを叩く音だけが慌ただしく響いている。
沈黙を破り、Kさんが「すみません、ちょっとトイレ…」と席を立った。
しかし、10分、20分経ってもKさんは戻ってこない。
Sさんが「あいつ、便所で寝てんのか?」と茶化していた、その時だった。
タッタッタッタッ!!
静まり返った廊下の奥から、慌てるような足音が聞こえてきた。
驚いてドアに目を向けると、勢いよく飛び込んできたのは顔面蒼白のKさんだった。
「でっ、出た…!トイレを出た右側の廊下に、誰かいたんです!」
震える声で叫ぶKさんに、オカルトの類を一切信じないSさんは
「誰かって警備員さんか?それか別の階の奴が迷い込んだとかだろ」
と冷めた声で返した。
「違います!そんなんじゃないんです!よく分からない変なものが、そこに…!」
パニック状態で訴えるKさんを、Sさんは「疲れすぎて見間違いしたんだろ」と一蹴し、確認のために廊下へ出た。
だが、そこには人影ひとつない。
「ほら、誰もいねーだろ」
Sさんが振り返ろうとした、その時だった。
すぐ隣にある、無人の会議室の中から足音が聞こえ始めた。
コツッ コツッ コツッ コツッ
何者かが室内を歩き回っているような音。
3人が凍りついたように立ち尽くしていると、会議室のドアが、バッ!!と勢いよく開いた。
だが、そこには誰もいない。
ただ開いたドアの先から刺すような冷気が吹き出し、足元を這うように広がっていった。
「…これ、なんかやばそうだ」
Rさんが絞り出すようにそう言った直後だった。
Kさんが弾かれたような勢いで自分のデスクへ走り寄り、荷物をひったくった。
「早く帰ろうっ!早くっ!!」
敬語を使う余裕も失ったような必死の叫び。
その迫力に押されるように、何が何だかわからないままSさんも、Rさんも反射的に荷物を掴んでオフィスを飛び出した。
3人は一度も後ろを振り返らず、階段を駆け降りてビルの外まで逃げ出した。
街灯の下まで来て、Kさんがようやく震える声で漏らした。
「あのドアが開いたとき…うっすらと黒い靄みたいなのが、床を這って出てきたんです。
それが、お二人の背後にまとわりつこうとしていて…」
あの時、もしKさんの言葉を無視して残っていたらどうなっていたのか。
それからというもの、深夜のオフィスにだけは残らないようにしているという。