
Kさんが中古の一軒家を購入したのは、偶然の出会いだった。
築十年ほどで外観もまだ新しい。
価格は相場よりずっと安く、不審に思いながらも「掘り出し物だ」と考え、契約を決めた。
引っ越し直後、家は快適に思えた。
リビングは広く、二階には寝室と書斎が並んでいる。
だが数日も経たないうちに、Kさんは妙な違和感に取りつかれた。
夜、外から帰宅すると、二階の窓の配置が図面と違っていることに気づいたのだ。
寝室にあるはずの大きな窓は見当たらず、代わりに建物の端に小さな四角い窓がぽつんと浮かんでいる。
Kさんは間取り図を広げ、外観と何度も照らし合わせた。
図面上では二階は寝室と書斎の二部屋で、壁も窓も整然と描かれている。
だが実際の建物を眺めれば、二階の壁の奥に「もう一室分」の空間が隠れていることになる。
図面にもドアはなく、階段からも廊下からも辿りつけない。
完全に閉ざされた空白の一室。
その存在に気づいた晩、Kさんは眠れなかった。
耳を澄ますと夜中に二階から「コトリ」と小さな音が響く。
書斎で仕事をしていると、背後の壁の向こうで何かが擦れるような気配がした。
「まさか…」と思い、懐中電灯を手に壁を叩く。
すると確かに、他の壁よりも奥行きがあるように鈍く響いた。
翌日、意を決して近所の工務店を呼んだ。
壁を壊して内部を確認してほしいと頼むと、職人は顔を曇らせた。
「…この家、図面が正確じゃないですね。
増築した痕跡もない。けど、確かに空洞はあります」
彼らも困惑しながらも壁の一部を切り開いた。
現れたのは幅一間ほどの狭い廊下だった。
ほこりにまみれ、長く閉ざされていたことが一目でわかる。
奥には例の小窓からわずかな光が差し込んでいた。
そして突き当たりには、黒く塗りつぶされたドアがある。
取っ手もなく開けられないように塞がれている。
何故こんなところにドアがあるんだ?と考えたが、背筋が冷たくなり、開けるのをやめた。
工務店の人も「これは触らない方がいい」と言い残し、壊した壁の瓦礫を片付け、今後の処理を話したあと帰っていった。
その晩、Kさんは再び書斎にいた。
背後の壁の向こうから、昨日よりもはっきりとした物音が聞こえてくる。
カリ、カリ、と何かが壁の内側から引っかくような音。
耳を押し当てると、不明瞭な囁き声が混じっていた。
内容は聞き取れない。
ただ、誰かが確かにそこにいるように感じられた。
後日、その壁はまた塗り直した。
中に何があったのかは不明なままだが、開けっ放しにしておくのはよくないと思ったのだそうだ。