
Mさんが借りたアパートは、築年数の古い平凡な建物だった。
間取りは「1K」と説明され、三畳半の小さな部屋と台所がついているだけの、ごく普通の一間。
家賃も安く、駅からも近いことから即決した。
ところが、引っ越し当日に荷物を運び込んだとき、Mさんは奇妙なことに気づいた。
三畳半の奥に、壁と同じ模様の壁紙があり、その壁紙をなぞってみるとドアがある事に気がついた。
もう一度綺麗に貼ればいいと思い、綺麗に剥がす。
案の定ドアがあった。ドア開けてみるともう一部屋ある。
畳二枚分ほどの狭い空間で、窓もなく薄暗い。
契約書の間取り図にはその部屋は載っていなかった。
不審に思い管理会社へ問い合わせた。
「部屋の奥にもう一室あるんですが…」電話口の担当者は困惑したように答えた。
「図面上、そんな部屋は存在しません。お客様のお部屋は1Kです」
何度確認しても同じ答えしか返ってこない。
その夜、Mさんは奥の部屋を閉め切り、気にしないことにした。
だが深夜になると、畳を擦るような音が聞こえてくる。
まるで誰かがその狭い空間を歩き回っているようだった。
襖を開ける勇気はなく、布団に潜り込んで朝を待った。
数日後、ついに我慢できなくなり、懐中電灯を手に奥の部屋へ足を踏み入れた。
その瞬間、背筋が凍った。
部屋の広さが明らかに変わっていたのだ。
前に見たときは畳二枚ほどだったのに、奥へ奥へと伸びており、三畳半を越える広さになっている。
しかも畳の色が手前と奥で違い、時代の異なる部屋が継ぎ接ぎのように繋がっていた。
立ちすくむMさんの耳に足音が響いた。
自分の後ろからではなく、部屋のさらに奥から近づいてくる気配。
慌ててドアを閉め、鍵がないのでまだ荷物も閉まっていない机を置いた。
足音はドアの手前で止まり、やがてしんと静まり返った。
翌朝、Mさんは半ば夢だと思ったのだが、実際にドアがある。
後日、ドアを隠すため、大きめの組み立て式の本棚を購入しそこに置いたそうだ。
夜中にたまに足音が聞こえるが、引っ越すお金もないため今もまだ使っているという。