Hさんたちは、趣味で廃墟巡りをしている社会人のグループだった。
その日訪れたのは、長野県の山中にぽつんと建つ、かつて山荘として使われていた古い建物。
道も途切れ、もう十年以上は人の出入りがなかったという。
木造二階建ての建物はひどく傷んでいたが、不思議と玄関は開いていた。
内部はカビ臭く、床もところどころ腐っていた。
問題のそれを見たのは、古い囲炉裏のある広間だった。
板が朽ち、囲炉裏の脇から床が抜け落ちていた。
中を覗き込んだとき、Hさんは確かに何かがいるのを見た。
黒くてぬめりを帯びたようなものが、木材の隙間にぴったりと挟まっている。
しかも、それがこちらを見ているような気配がした。
最初はネズミでもいるのかと思ったのだが、形があまりに人間の目の大きさに似ていて、明らかにそこに存在していた。
思わず息を呑み、床下に降りようと足をかけたその瞬間…それは、音もなくスッと奥に引っ込んだ。
ただの動物にしては速すぎる、無音すぎる。
言いようのない気持ち悪さに襲われ、Hさんたちは早々にその場を後にした。
だが数日後、その建物を管理する地元の林業会社の人間が、腐った床の補修と調査のために床下に潜ったという。
そのとき、作業にあたった業者のひとりが、妙なことを口にした。
「あの床下、息してる感じがしたんですよ。
息を吸ったときに空気が動いて、全部の板が一緒に膨らんで…」
もちろん床の下に機械も空洞もなかった。
湿っていたが、空気の出入りをするような構造でもなかった。
Hさんたちが見たのは、そこに生きていた何かの一部だったのかもしれない。
もう全体は、どこかに移動してしまったのだとしても。